MRIで初めてみつかる「かくれ」脳梗塞

画像診断技術—特にMRI—の進歩により、明らかな症状をともなわない「無症候性脳梗塞」が診断されるようになった [注1] 。まったく「無症候」というわけでもないので、「潜在性脳梗塞」の方が正確であろう。「かくれ脳梗塞」というくだけた言い方もある(学術的には不適切かもしれないが)。

 

フラミンガム研究 [注2] は、元々の追跡集団の子孫とその配偶者を新たな追跡集団とした観察研究を1971年から開始した [Ref. 1] 。この新規追跡集団2040名中10.7%に潜在性脳梗塞があった。潜在性脳梗塞の頻度は、年齢とともに増加した(30から49歳で<8%、70から89歳で>15%)。潜在性脳梗塞の多く(84.1%)は1個のみで、部位としては大脳深部領域—基底核52%、皮質下33%—に多かった。潜在性脳梗塞の危険因子としては高血圧が主なもので、心房細動や血中ホモシステイン高値も関連があった。すなわち潜在性脳梗塞は—特殊な脳梗塞などではなく—脳小血管病によるラクナ梗塞と同じもの(たまたま明らかな症状がなかっただけ)である。

 

逃げもかくれもせぬ「かくれ脳梗塞

 

注1:脳ドックガイドライン2014([改訂・第4版] 響文社)参照のこと。

 

注2:フラミンガム研究は、1948年に5209人の地域住民を対象として、アメリカ合衆国マサチューセッツ州フラミンガムで始まった—当初は心血管系疾患予防に特化した—疫学研究である。

 

Ref. 1: Das RR, Seshadri S, Beiser AS, Kelly-Hayes M, Au R, Himali JJ, Kase CS, Benjamin EJ, Polak JF, O'Donnell CJ, Yoshita M, D'Agostino RB Sr, DeCarli C, Wolf PA. Prevalence and correlates of silent cerebral infarcts in the Framingham offspring study. Stroke 2008;39:2929-2935

認知症が増加している!?

高齢者の人口が増加しつづける社会では、当然のように認知症の有病率も増加すると予想される。しかしながら、認知症(発症率)は減少しているとするいくつかの報告がある。

 

フラミンガム研究 [注1] では1975年より認知症発症率の調査を開始した [Ref. 1] 。2008年までの30年間を4つの区分として検討した結果、認知症の発症率は1997-1983年の3.6/100人(5年累積発症率)から2004-2008年の2.0/100人へと直線的に減少した(44%もの減少!)。認知症減少は、「高校卒業以上」の教育歴を持つものに限られていた。認知症の病型別では、血管性認知症が有意な減少を示した— しかしながらこれは血管危険因子や脳卒中の減少では説明できなかった。すなわち「認知症が減少しているのは(少なくともフラミンガムでは)確かなようだが、教育が普及したこと以外には格別な理由がみあたらない」という結果となっている。今後、認知症を減少させた仕組み—通常の多変量解析ではデナイのではないか—について具体的に判明すれば、より効果的に認知症を予防することができるはずである。

 

最近、認知症が増加しています(という注意喚起が増加中)。ご注意ください!?

 

注1:フラミンガム研究は、1948年に5209人の地域住民を対象として、アメリカ合衆国マサチューセッツ州フラミンガム(ボストンの近く)で始まった—当初は心血管系疾患予防に特化した—疫学研究である。

 

Ref. 1:Satizabal CL, Beiser AS, Chouraki V, Chêne G, Dufouil C, Seshadri S. Incidence of Dementia over Three Decades in the Framingham Heart Study. N Engl J Med 2016;374:523-532

 

主観的な物忘れ—「気にしすぎ」なのか?

高齢者に(軽度の?)物忘れがある場合、「年相応」であり、「正常範囲」とすることがこれまでは多かった。しかしながら、主観的な物忘れもアルツハイマー病の初期症状として重要ではないかという観点から、詳細に検討した報告がある。

 

神経内科の外来を受診した50から85歳までの大脳白質病変のある連続例(最終的に500例を解析)において、主観的(自覚的)物忘れ(表1)と各種認知機能検査、MRI画像による海馬容積の測定などをおこなった [Ref. 1] 。主観的物忘れのあるものでは海馬容積が—特に認知機能検査正常群において—減少していた(年齢、性別、教育歴、うつ症状、全脳容積、白質病変容積で補正)。したがって、主観的であっても物忘れの自覚があったら(認知機能検査では正常と判定されても)アルツハイマー病のごく初期を見ている可能性がある。

 

高齢者が物忘れを訴えた時、それは「気のせい」ではないかもしれない!

 

Ref. 1:van Norden AG, Fick WF, de Laat KF, van Uden IW, van Oudheusden LJ, Tendolkar I, Zwiers MP, de Leeuw FE. Subjective cognitive failures and hippocampal volume in elderly with white matter lesions. Neurology 2008;71:1152-1159

 

表1 自覚的認知機能障害に対する質問表問                 

記憶の問題

自分自身で物忘れがあると思いますか?        → ない、少しある、ある程度ある、かなりある

  物忘れは年々悪くなっていますか?                → いない、少しある、かなりある

言葉を思い出すことに困ることがありますか?     → ない、少しある、ある程度ある、かなりある

  言葉を思い出せないことが年々ひどくなっていますか?       → いない、少しある、かなりある 

家族や友人の名前が出てこないことがありましたか?                → ない、あった

同じ話を2度すると指摘されたことがありますか?                    → ない、ある

1−2日前のことを忘れてしまっていたことが(時々以上)ありますか?         → ない、ある

物忘れが気になって悩ましいですか?                        → ない、ある

物忘れのために日常生活で困ったことがありましたか?                → ない、ある

物をどこかに置き忘れたりすることが(時々以上)ありますか?            → ない、ある

火をつけたまま消すのを忘れたりしたことが(時々以上)ありますか?         → ない、ある

約束を忘れたことが(時々以上)ありますか?                    → ない、ある

近所で道に迷ったことや、良く知っている人を分からなかったことがありますか?    → ない、ある

遂行機能関連

計画的に事を進めることが困難ですか?       → ない、少しある、ある程度ある、かなりある

  計画的に事を進めることが年々困難になっていますか?      → いない、少しある、かなりある

集中力に問題がありますか?            → ない、少しある、ある程度ある、かなりある

  集中力が年々進行性に低下していますか?            → いない、少しある、かなりある

考えることや行動が本来できていたより遅いですか? → ない、少しある、ある程度ある、かなりある

  考えることや行動が年々遅くなっていますか?          → いない、少しある、かなりある

その他

⑮ 以前と比べて、疲れているように感じますか?                   → ない、ある

⑯ いろいろなことに興味が持てなくなってきていますか?         → 興味はある、失っている

 

「動かない」と人は病む

「体も頭も使わないとなまる」ことは「常識」として知られている。毎日の生活が不活発になってくると、非常に多くの心身のはたらきが少しずつ低下し、「生活動作の不自由さ、やりにくさ」が出てくる。この状態を大川は「生活不活発病」としてとらえた [注1] 。すなわち「動かない」と人は病む

 

体をよく動かすとアルツハイマー病になりにくいと言われている。高い身体活動度は、アルツハイマー病になりにくくする強力な保護因子である(これは久山町研究が最初に指摘した) [Ref. 1, 2] 。また、大脳白質病変に伴いアパシー(自発的目的行動の減少)の状態となると、身体活動度が低下し [Ref. 3] 、身体活動度が低下すると海馬萎縮(アルツハイマー病の初期病変)が起こる [Ref. 4] 。まさしく「動かない」と人は病む(ボケる)のである

 

「お大事に」なさらぬように!

 

注1:「動かない」と人は病む 生活不活発病とは何か(大川弥生講談社現代新書

 

Ref. 1:Yoshitake T, Kiyohara Y, Kato I, Ohmura T, Iwamoto H, Nakayama K, Ohmori S, Nomiyama K, Kawano H, Ueda K, et al. Incidence and risk factors of vascular dementia and Alzheimer's disease in a defined elderly Japanese population: the Hisayama Study. Neurology 1995;45:1161-1168

 

Ref. 2:Kishimoto H, Ohara T, Hata J, Ninomiya T, Yoshida D, Mukai N, Nagata M, Ikeda F, Fukuhara M, Kumagai S, Kanba S, Kitazono T, Kiyohara Y. The long-term association between physical activity and risk of dementia in the community: the Hisayama Study. Eur J Epidemiol 2016;31:267-274.

 

Ref. 3:Yao H, Takashima Y, Araki Y, Uchino A, Yuzuriha T, Hashimoto M. Leisure-time physical inactivity associated with vascular depression or apathy in community-dwelling elderly subjects: The Sefuri study. J Stroke Cerebrovasc Dis 2015;24:2625-2631.

 

Ref. 4:Hashimoto M, Araki Y, Takashima Y, Nogami K, Uchino A, Yuzuriha T, Yao H. Hippocampal atrophy and memory dysfunction associated with physical inactivity in community-dwelling elderly subjects: The Sefuri study. Brain Behav 2016;7:e00620.

 

チョコレートと脳卒中

チョコレートとは栄養成分表示のいちばん最初に「カカオ」と書かれているものです。最初に「砂糖」があったら、それはチョコレートではなく、チョコ味をつけた砂糖のかたまりということです[注1] 。それでは「本当の」チョコレートは健康に良いのでしょうか。スウエーデンの男性37,103例を対象にして、チョコレートの消費量と脳卒中発症について検討した報告があります[Ref. 1] 。1990年代のスウエーデンにおけるチョコレート消費の90%はミルクチョコレートで、カカオ含有量はおおよそ30%でした。チョコレートの有益性(脳卒中の予防効果)は高血圧のない群で著明でした。さらに同一論文内で本研究を含む5つの研究のメタアナリシスを行ない、チョコレート摂取量最大群では脳卒中の相対危険度は0.81まで減少することを示しています(最小量群との比較)。確かにチョコレートは脳卒中を予防する効果があるようですが、高血圧などの強力な危険因子を持っているヒトはそちらを先に片づけておくほうがいいでしょう。

 

チョコレートによる心血管系疾患の予防効果はカカオ豆に含まれる大量のポリフェノールによると考えられています。果物、野菜、お茶、チョコレート、ワイン、オリーブオイルなどにはポリフェノールが多く含まれていますが、なかでもカカオ豆のポリフェノール量は最大級です。ココアやチョコレートが肥満や糖尿病、高血圧と関連づけられていた時代もあったそうですが、最近はその「健康に良い」効果が見直されています。先に述べたようにチョコレートをたくさん食べると脳卒中など心血管系疾患が減少することが疫学研究により示されています。カカオの有益性の理由の一つとして、カカオにより血管内皮機能が改善し、血圧が低下することがあげられています[Ref. 2] 。

 

憧れはスリムでSexyなBodyなのに ミントチョコがやめられなかった[注2]

 

注1:「最後のダイエット(p58)」 (石川善樹、マガジンハウス)

注2: 作詞Nokko

Ref. 1:Larsson SC, Virtamo J, Wolk A. Chocolate consumption and risk of stroke: a prospective cohort of men and meta-analysis. Neurology2012;79:1223-1229

Ref. 2: Ludovici V, Barthelmes J, Nägele MP, Enseleit F, Ferri C, Flammer AJ, Ruschitzka F, Sudano I. Cocoa, Blood Pressure, and Vascular Function. Front Nutr2017;4:36. 

脳卒中と睡眠

ぐっすり眠ることが大事なことは直感的に理解できる。睡眠不足は生活の質をそこない、肥満や高血圧、心血管系疾患など生活習慣病になりやすくする。最高の睡眠にとってもっとも重要なことは—「最初の90分」をしっかり深く眠ることができれば—良質の睡眠をえることができるということらしい [注1] 。つまり睡眠は量(=睡眠時間)よりも質が大事である(より正確に言うと、質の良い睡眠を7-8時間は取った方がよいということ)。

 

睡眠時間(6-8時間より多いか少ないか)によって脳卒中になりやすいかについての追跡調査(追跡開始時平均61.6歳、9,692例の健常高齢者を9.5年追跡)と、11の先行研究と本研究を含めたメタアナリシス(総数559,252例)も行ったものが報告されている [Ref. 1] 。どちらの結果でも、特に長い睡眠時間(8時間より長く眠る)の方が脳卒中になりやすかった。これは観察研究なので長時間の睡眠が脳卒中の原因であると決めつけることはできない。むしろ脳卒中になりかかった(脳の)状態が長い睡眠時間をもたらしている可能性もある。

 

「果報は寝て待て」ない のか?

 

注1:「スタンフォード式 最高の睡眠」(西野精治著、サンマーク出版)は、科学的根拠にもとづいて、より良く眠る方法について書かれている。

 

Ref. 1: Leng Y, Cappuccio FP, Wainwright NW, Surtees PG, Luben R, Brayne C, Khaw KT. Sleep duration and risk of fatal and nonfatal stroke: a prospective study and meta-analysis. Neurology 2015;84:1072-1079

脳が好きなエクササイズ

アルツハイマー病で最初に脳萎縮が起こるのは海馬といわれる部位である。海馬は記憶をつかさどり、海馬が萎縮すると記憶力が衰える。一方、からだをよく動かすヒトでは海馬が萎縮しにくく、アルツハイマー病(認知症)になりにくいと言われている。エクササイズ有酸素運動)により、認知症は防げるだろうか?

 

軽度の血管性認知障害 [注1] の70人(平均年齢74歳)を有酸素運動群と対照群に割り付けたランダム化比較試験の結果が報告されている [Ref. 1] 。有酸素運動は、10分のウオームアップ+40分の歩行+10分のクールダウンを週3回6ヶ月間おこなった。有酸素運動群では対照群と比較して、アルツハイマー病の特徴的所見(すなわち有害事象)を評価するスケールが改善した。血管性認知障害でもエクササイズによって良くなるのはアルツハイマー病関連なのだろうか?小規模研究なので「これで決まり」ではないが、かなり有望なエビデンスである。

 

太るな、たばこを吸うな、歩け歩け、もっと歩け![注2]

 

注1:血管性認知障害とは、血管障害による認知機能障害の総称であり、「認知症」であることを必要条件としない。この概念が出てきたのは以下の理由による。

(1)代表的な認知症の診断基準は、アルツハイマー病を基準に作られており、血管性認知症の特徴を反映するとは限らない。(2)側頭葉内側面が初期に障害されるアルツハイマー病では症状の中核は記憶障害であるが、脳血管障害は遂行機能(前頭葉機能)障害を特徴とする。(3)認知症の存在を診断基準の必要条件とすると、診断の時点で既にかなりの非可逆性障害があり、治療可能な時期を逃してしまう. 逆に血管性認知障害の半数は認知症に至っておらず、これら軽症例ではより良好な治療効果が期待できる。(4)ある程度以上の大きさをもった脳卒中による認知症脳卒中後遺症として別に扱った方がよい。(5)主に多発性小梗塞と白質病変を予防や治療の標的とする。このように治療や予防を重視する観点からは、血管性「認知症」としてとらえるよりも血管性認知障害の考え方をとる方が合理的であろう。

 

注2: “Do not grow fat, Nor smoke, Walk, walk and walk!”

名鉄病院、市原義雄より引用(http://www.meitetsu-hospital.jp/kakuka/sogo_doctor.html

 

Ref. 1: Liu-Ambrose T, Best JR, Davis JC, Eng JJ, Lee PE, Jacova C, Boyd LA, Brasher PM, Munkacsy M, Cheung W, Hsiung GR. Aerobic exercise and vascular cognitive impairment: A randomized controlled trial. Neurology 2016;87:2082-2090