疲れた脳の休め方

マインドフルネス [注1] 瞑想が「脳の休息法」として注目されています。意識的な活動をしていないとき(何もせずにぼんやりしているとき)に働く、いくつかの脳領域—後帯状皮質や内側前頭前皮質など—からなるデフォルト•モード•ネットワークは(何もしてないはずなのに)実は大量のエネルギーを消費しています。この通常の消費浪費に変わったときに脳は疲れるのでしょう。「疲れ」がとれないのはこのデフォルト•モード•ネットワークが暴走しているためで、マインドフルネス瞑想はこれにブレーキをかけるのではないかといわれています。

 

マインドフルネス瞑想経験者(10年以上の経験者、12人)についての研究があります(同数の瞑想未経験者と比較)[Ref. 1] 。マインドフルネス呼吸法や慈悲の瞑想、選択なき自覚の3つのタスクの前後で機能的MRI画像により脳の活動度をみると、後帯状皮質や内側前頭前皮質(すなわちデフォルト•モード•ネットワーク)での活動亢進が瞑想経験者では抑制されていました。やはりマインドフルネス瞑想はデフォルト•モード•ネットワークにブレーキをかける(むだに疲れないようにする)ものらしいです。気がつかないうちに脳が疲れていないでしょうか?

 

四月はこの上なく残酷な月

死の大地からライラックを育て上げ

追憶と欲望をかき混ぜ、春の雨で

生気のない根を奮い立たせる

冬はわれわれを暖かく包み

忘却の雪で大地を蔽い、乾からびた球根

で小さないのちを養ってくれた

  

四月はこの上なく残酷な月、春が心をざわつかせ、脳がムダに疲れやすい月—です。

 

注1:マインドフルネスとは、「評価や判断を加えずに、いまここの経験に対して能動的に注意を向けること」(久賀谷亮、最高の休息法. ダイヤモンド社)です。

 

注2:四月はこの上なく残酷な月—は「荒地」(T.S.Eliot、福田陸太郎・森山泰夫 注解より引用、大修館書店)

 

Ref. 1: Brewer JA, Worhunsky PD, Gray JR, Tang YY, Weber J, Kober H. Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity. Proc Natl Acad Sci U S A 2011;108:20254-20259

心房細動による認知症は脳の微小塞栓によるらしい

心房細動は高齢者では最もよくある不整脈で、60歳以下で1%、80歳以上で8%にあると言われています。心房細動は脳卒中の強力な発症危険因子ですが、心房細動があると認知症のリスクも増大することが最近注目されています。心房細動による認知症発症の理由として、心拍出量減少による脳血流低下、無症候性脳梗塞を含めた脳卒中の合併、心臓からの微小塞栓などが想定されています。

 

ある疫学調査では、心房細動があると海馬容積が小さくなり、学習、記憶、遂行機能などが障害されると報告されています [Ref. 1] が、他の報告(メイヨークリニック加齢研究)では心房細動と海馬萎縮との(その他アルツハイマー病関連のいくつかの因子とも)関連はなく、心房細動+脳梗塞が軽度認知障害と関連していました [Ref. 2] 。メイヨークリニックからの続報では、抗凝固療法により認知症の発症が20%減少している [Ref. 3] ので、心房細動による認知症には心臓からの微小塞栓が関与しているのではないでしょうか。

 

もちろん心房細動があるだけで認知症になるのではありません。そこのところよろしく!

 

Ref. 1: Knecht S, Oelschläger C, Duning T, Lohmann H, Albers J, Stehling C, Heindel W, Breithardt G, Berger K, Ringelstein EB, Kirchhof P, Wersching H. Atrial fibrillation in stroke-free patients is associated with memory impairment and hippocampal atrophy. Eur Heart J 2008;29:2125-2132.

 

Ref. 2: Graff-Radford J, Madhavan M, Vemuri P, Rabinstein AA, Cha RH, Mielke MM, Kantarci K, Lowe V, Senjem ML, Gunter JL, Knopman DS, Petersen RC, Jack CR Jr, Roberts RO. Atrial fibrillation, cognitive impairment, and neuroimaging. Alzheimers Dement 2016;12:391-398.

 

Ref. 3: Madhavan M, Hu TY, Gersh BJ, Roger VL, Killian J, Weston SA, Graff-Radford J, Asirvatham SJ, Chamberlain AM. Efficacy of Warfarin Anticoagulation and Incident Dementia in a Community-Based Cohort of Atrial Fibrillation. Mayo Clin Proc 2018;93:145-154.

脳の健康に良いのは魚か肉か?

オーストラリアでの研究では、「不健康な」西洋の食事、つまり飽和脂肪酸(肉に多い脂)と精製した炭水化物(糖質)が多い食事では海馬(左)の容積が減少していました(年齢、性別、教育歴、うつ症状、身体活動度、血管危険因子で調節した多変量解析による) [Ref.1] 。

 

それでは魚の油(オメガ3不飽和脂肪酸)はどうでしょうか?米国で行われた2つの研究では、魚の摂取量と相関する赤血球中のオメガ3脂肪酸をはかってみると、オメガ3脂肪酸が低いと、脳全体や海馬が萎縮していました [Ref. 2, 3] 。つまり魚は多く食べた方が脳には良いようです。しかしながら、アルツハイマー病の患者にオメガ3脂肪酸を補給しても効果はありませんでした [Ref. 4] 。病気の状態になってしまう前に補給しないと効果がないのかもしれません。

 

さらに「日本人は動物性脂肪を摂取しても心臓病になりにくく、むしろ脳卒中からは保護されるだろう」と(1990年代後半に45から74歳だった日本人では)言われています [注1] 。

 

注1:糖質制限の真実 カロリー制限の大罪 (いずれも山田悟著、幻冬舎新書

 

Ref. 1: Jacka FN, Cherbuin N, Anstey KJ, Sachdev P, Butterworth P. Western diet is associated with a smaller hippocampus: a longitudinal investigation. BMC Med 2015;13:215.

 

Ref. 2 Tan ZS, Harris WS, Beiser AS, Au R, Himali JJ, Debette S, Pikula A, Decarli C, Wolf PA, Vasan RS, Robins SJ, Seshadri S. Red blood cell ω-3 fatty acid levels and markers of accelerated brain aging. Neurology 2012;78:658-664.

 

Ref.3 Pottala JV, Yaffe K, Robinson JG, Espeland MA, Wallace R, Harris WS. Higher RBC EPA + DHA corresponds with larger total brain and hippocampal volumes: WHIMS-MRI study. Neurology 2014;82:435-42.

 

Ref.4 Yassine HN, Braskie MN, Mack WJ, Castor KJ, Fonteh AN, Schneider LS, Harrington MG, Chui HC. Association of Docosahexaenoic Acid Supplementation With Alzheimer Disease Stage in Apolipoprotein E ε4 Carriers: A Review. JAMA Neurol 2017;74:339-347.

タバコは本数が少なくても危険!

有名な久山町研究では「喫煙は脳卒中のリスクを下げる」と聞いたことがあります。脳卒中になる前に(なることもできずに)肺がんや心筋梗塞で死んでしまうからというこのとのようです [注1] 。

 

55の論文(141のコホート研究)のメタアナリシス [Ref. 1] によると、1日1本のタバコを毎日吸ったとした時の虚血性心疾患のリスクは男性で48%、女性で57%、脳卒中のリスクは男性で25%、女性で31%増大し(非喫煙者との比較)、女性において悪影響が大きいという解析結果が示されています。1日20本の喫煙の場合のリスク過剰分の40〜50%が1日1本の喫煙でも生じるので、タバコは本数が少なければ良いとはとても言えない結果でした。

 

肺がんのリスクはタバコの本数と比例して(直線的に)増大します。一方、上記のメタアナリシスで示されたように虚血性心疾患や脳卒中のリスクは少量の喫煙でかなり増加して、その後頭打ちになります。がんと循環器系疾患では、喫煙による悪影響の様相が—特に喫煙量に関して—かなり異なるということは頭に入れておいた方が良いようです。

 

注1:論文となったものでは、やはり喫煙は脳卒中のリスクとなるようです。

Hata J, Doi Y, Ninomiya T, Fukuhara M, Ikeda F, Mukai N, Hirakawa Y, Kitazono T, Kiyohara Y. Combined effects of smoking and hypercholesterolemia on the risk of stroke and coronary heart disease in Japanese: the Hisayama study. Cerebrovasc Dis 2011;31:477-484.

 

Ref. 1: Hackshaw A, Morris JK, Boniface S, Tang JL, Milenković D. Low cigarette consumption and risk of coronary heart disease and stroke: meta-analysis of 141 cohort studies in 55 study reports. BMJ 2018;360:j5855. 

 

カレーは脳の健康に良いのか?

多数例の前向き観察研究からは、唐辛子(特に生の)により総死亡率と特定疾患(癌や虚血性心疾患、呼吸器疾患)による死亡が減少するということです。それならカレーも健康に良いのではと—直感的に—思うわけですが、カレー粉の成分であるクルクミンを腸から吸収しやすくした製剤とプラセボとのランダム化比較試験により、記憶力が改善することが(やっと)示されました [Ref. 1] 。

 

少し数字を見ていきたいと思います。試験開始時の記憶検査点数の平均値が約70点、標準偏差が約30、プラセボ群には改善が見られず、実薬群は90点ほどまでの改善効果があるとして、エフェクトサイズは(90−70)÷30≒0.67、変動係数は標準偏差÷平均値=30÷70≒0.43(43%)となります。厳密な「検出力」の計算はさておき、各群約20例でギリギリ有意差はでています(一般線形モデルで解析)。しかも—著者らも論文の考察で認めているように—少数例での解析であり、(ここがより重要ですが)多重検定の補正はしていません。つまりエンドポイントがたくさんありすぎて、どこかで(ここでは記憶の検査で)偶然有意差が出ただけなのかもしれないのです。予備的試験であるとは明記してあるのですが----

 

インド人に聞いてみたい —「カレーは脳に良いのか?

 

Ref. 1 Small GW, Siddarth P, Li Z, Miller KJ, Ercoli L, Emerson ND, Martinez J, Wong KP, Liu J, Merrill DA, Chen ST, Henning SM, Satyamurthy N, Huang SC, Heber D, Barrio JR. Memory and Brain Amyloid and Tau Effects of a Bioavailable Form of Curcumin in Non-Demented Adults: A Double-Blind, Placebo-Controlled 18-Month Trial. Am J Geriatr Psychiatry 2018;26:266-277.

耳が遠いと認知症になりやすい!

難聴があると軽度認知障害のリスクは1.30、認知症のリスクは2.39と有意に高い相対危険度となります(メタアナリシスの結果です) [Ref. 1] 。認知症の発症危険因子として、難聴は非常に注目されるようになってきています。(難聴が認知症につながる機序としては)耳からの信号・刺激が脳に届かなくなり、脳の一部が萎縮するため。また、聴力が低下することによって、会話がおっくうになり、人づきあい・コミュニケーションが減るから、などと考えられています [注1] 。

 

末梢性の聴力障害によって脳は萎縮するのか—について検討した報告があります [Ref. 2] 。56〜86歳の126名を平均6.4年間隔で脳MRIにより脳容積を測定しました。聴力正常の75名と聴力障害がある51名(難聴群)を比較すると、初回検査時には脳容積に差はありませんでしたが、その後の脳萎縮の速さは難聴群において早いことがわかりました(脳全体と右の側頭葉で有意差がありました)。

 

脳の健康のために耳を大切に—騒音を避けて、イヤホン・ヘッドフォンにも注意(最大音量の60%以内、1日60分以内に)しましょう!

 

注1:NHKあさイチ いつのまにか耳が老化・・・? (放送:2018年2月26日)

 

Ref. 1: Wei J, Hu Y, Zhang L, Hao Q, Yang R, Lu H, Zhang X, Chandrasekar EK. Hearing Impairment, Mild Cognitive Impairment, and Dementia: A Meta-Analysis of Cohort Studies. Dement Geriatr Cogn Dis Extra 2017;7:440-452.

 

Ref 2. Lin FR, Ferrucci L, An Y, Goh JO, Doshi J, Metter EJ, Davatzikos C, Kraut MA, Resnick SM. Association of hearing impairment with brain volume changes in older adults. Neuroimage 2014;90:84-92.

認知症発症におけるマタイ効果—社会経済的不均衡

社会経済状況(収入や教育)における格差は、脳卒中認知症といった「脳の健康」にも悪影響を及ぼしていて、一種の「マタイ効果」—持てる者はさらに与えられ、持たざる者は(そのわずかな)所有物をも奪われる—と言えるのではないでしょうか。

 

受けた教育や収入などの社会経済状況により認知症の発症率が左右されるという報告があります [Ref. 1] 。平均73.6歳の一般住民2,457人を12年間追跡し、その間449(18.3%)の認知症の発症をみとめています。社会経済状況としては、家族の所得、十分な家計状況か(ほどほどに足りているのか?)、教育期間と読み書き能力について検討しました。その結果、黒人は認知症発症のリスクが(白人と比較して)有意に高値でしたが、社会経済状況で補正すると有意差は消失しました [注1] 。つまり認知症発症のリスク要因として社会経済状況は強い影響を及ぼしていると考えられます。

 

「マタイ効果」のケセン語訳— [25:29] 誰(だん)でまアり、持ってだ人アはさらに持だせらイで有り余るぐなんべども、持ってねア者ア持ってだ物まで取(と)っ返(けア)される [注2] 。

 

注1:コックス比例ハザードモデルにより、アポリポプロテインE e4、併存疾患で調整した黒人の認知症発症のハザード比と95%信頼区間は白人に対して1.38 (1.14—1.67)でしたが、社会経済状況を共変量として追加すると1.09 (0.87—1.37)となりました。

 

注2:山浦玄嗣 ケセン語新約聖書【マタイによる福音書

 

Ref. 1: Yaffe K, Falvey C, Harris TB, Newman A, Satterfield S, Koster A, Ayonayon H, Simonsick E; Health ABC Study. Effect of socioeconomic disparities on incidence of dementia among biracial older adults: prospective study. BMJ 2013;347:f7051.