なぜ夢を見るのか?

臨床医学の観点から、「夢」について解説されています[注1] 。夢という魅力的な言葉から何を連想するでしょうか、明るい未来の予感でしょうか?実はそうではなくて、夢は昨日の意識活動の名残を清算し、翌日に備えるためのものです。一晩に5回あると言われる夢—レム睡眠の時に発生する—の多くは記憶に残りません。夢の目的は私たちの意識に情報を上げることではないのです。意識が正常に働くためには、昨日もしくは最近の—ざわめいた—葛藤を消化し解毒しなくてはいけません。夢は脳において睡眠中に意識の「解毒と回復」を行なうものなのです。

 

注1:Berezin RA. Why Do We Dream? Medscape (May 18, 2018).

https://www.medscape.com/viewarticle/896575 June 3, 2018

健常高齢者におけるアパシーについて

アパシーとは、認知機能障害や感情的動揺、意識障害などによらない「一次的」なやる気の低下を意味します。「自発的目的行動の減少」という行動としてとらえる立場もあります。高齢者に時にみとめられる「うつ」の中には、実際は白質病変など脳小血管病に由来するアパシーがその本質であるという意見があります。英国の研究グループは脳小血管病に伴う「うつ」—つまり血管性うつ病—に関する一連の研究において、うつとアパシーを区別して構造方程式モデリングにより解析し、白質病変によってもたらされるのはアパシーであり、うつではないことを示しています[Ref. 1] 。オランダでの一般住民において、うつよりもアパシー認知症の発症に関連していたという成績が示されていて[Ref. 2] 、今後は高齢者のアパシーが潜在性能病変や認知症発症との関連という観点から、より重要視されていくと思われます。

 

 

Ref. 1: Hollocks MJ, Lawrence AJ, Brookes RL, Barrick TR, Morris RG, Husain M, Markus HS. Differential relationships between apathy and depression with white matter microstructural changes and functional outcomes. Brain 2015;138:3803-3815. 

 

 

Ref. 2: van Dalen JW, Van Wanrooij LL, Moll van Charante EP, Richard E, van Gool WA. Apathy is associated with incident dementia in community-dwelling older people. Neurology 2018;90:e82-e89.

植物性タンパク質で脳梗塞が、動物性タンパク質で脳出血が減少する

久山町住民2,587人(データ解析は2,400人)を対象として、食事中からのタンパク摂取量と脳卒中発症リスクの関係が、19年の追跡調査において明らかとなりました[Ref. 1] 。食事については70項目半定量的食物摂取質問表を用いています。植物性タンパク質が最も多い群(4分位)では虚血性脳卒中脳梗塞、期間中172例発症)のハザード比[注1] が0.60(95%信頼区間0.38-0.95)と有意に低下していました。一方、動物性タンパク質が多い群では脳出血(期間中58例発症)のハザード比が0.47(95%信頼区間0.23-0.96)と低下していました。植物性タンパク質摂取量は大豆を使用した食品との関連がもっとも強く、野菜や藻類との関連もみとめられました。動物性タンパク質摂取量は魚、次いで乳製品や肉、卵との関連が強く見られました。この結果からは植物性と動物性のタンパク質をバランスよく摂取することで、脳卒中の予防が可能であることを示唆しているようです(と著者らも結論しています)。

 

日本人のデータ:食事のタンパク質が多いと脳卒中のリスクが減少する。

 

注1:コックス比例ハザードモデルにより、年齢、性別、高血圧、糖尿病、総コレステロール、タンパク尿、心電図異常、体格指数、喫煙、飲酒、週3日以上の運動、総エネルギー摂取量で補正している。

 

Ref. 1: Ozawa M, Yoshida D, Hata J, Ohara T, Mukai N, Shibata M, Uchida K, Nagata M, Kitazono T, Kiyohara Y, Ninomiya T. Dietary Protein Intake and Stroke Risk in a General Japanese Population: The Hisayama Study. Stroke 2017;48:1478-1486.

精製されてない炭水化物は健康に良い(のか?)

一日350 gの野菜摂取目標をクリアすることは容易ではありません。腸内細菌のエサとなる水溶性食物繊維は一日5 g以上取った方が良いとされています。水溶性食物繊維が豊富な食材としてはボガド、ットウ、ボウ、ャガイモ、ンジン、カメ、ッキョウ、ジキ、メコ、ウイなどが紹介されています(アナ5時に笑ひ泣き)[注1] が、スーパー大麦は12 g加えるだけで、2 gの水溶性食物繊維をとることができます。このような食物繊維やビタミンB、微量ミネラルが豊富な「精製してない」穀物は心血管系疾患を予防するのでしょうか?

 

最近のメタアナリシスでは、無精白の炭水化物を多く摂取すると全死亡率、心血管系疾患による死亡率(相対危険度0.82、95%信頼区間0.79 –0.85)、癌による死亡率が低下することが示されています[Ref. 1] 。また別のメタアナリシスでは、精製しない穀物摂取により虚血性心疾患、心血管系疾患、がん、全死亡率、呼吸器疾患、感染症、糖尿病など多くの疾患の発症および死亡率が減少していました[Ref. 2] 。脳卒中の相対危険度は0.88(95%信頼区間0.75 - 1.03)と、精製しない穀物摂取の多量摂取群は定摂取群に比べて脳卒中が減少する傾向を認めました。津川さんの本に書かれているように「白い炭水化物」は体に悪いが、精製されていない「茶色い炭水化物」は食物繊維や栄養成分が豊富で、健康に(特に動脈硬化を抑制して)良いようです[注2] 。しかしながら。脳卒中と虚血性心疾患を分けて報告しているものが少ないため、「茶色い炭水化物」が脳卒中を予防するのかについては明確ではありません。

 

食事の内容と体重の変化(肥満)との関係を見た報告では[Ref. 3] 、体重増加と関連が強い順に、食物ではポテトチップス、ポテト、加工した肉、加工しない赤身肉、バター、デザートなど甘いもの、精製した穀類、飲料では砂糖で甘くした飲料、100%フルーツジュースなどでした。逆に体重減少と関連があったのは、野菜、ナッツ、全粒、果物、ヨーグルトでした。

 

炭水化物に限って言えば、精製された炭水化物は体に悪いのか、精製されてない炭水化物は体に良いとまで言えるのか、大変悩ましいところです。特に、脳への影響についてはエビデンスが少ないようです。

 

注1:食物繊維レボリューション NHKあさイチ 2018725日放送

 

注2:世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事 (津川祐介著、東洋経済新報社刊)

 

Ref. 1: Zong G, Gao A, Hu FB, Sun Q. Whole Grain Intake and Mortality From All Causes, Cardiovascular Disease, and Cancer: A Meta-Analysis of Prospective Cohort Studies. Circulation2016;133:2370-2380.

 

Ref. 2: Aune D, Keum N, Giovannucci E, Fadnes LT, Boffetta P, Greenwood DC, Tonstad S, Vatten LJ, Riboli E, Norat T. Whole grain consumption and risk of cardiovascular disease, cancer, and all cause and cause specific mortality: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective studies. BMJ2016;353:i2716.

 

Ref. 3: Mozaffarian D, Hao T, Rimm EB, Willett WC, Hu FB. Changes in diet and lifestyle and long-term weight gain in women and men. N Engl J Med2011;364:2392-404. 

海馬の萎縮と認知症

認知症は治療も予防もできないと考えられてきましたが、最近は「9因子の制御により認知症の35%は予防可能である」というように、予防を重視するようになってきています。アルツハイマー病で最も早期に萎縮する脳の領域は海馬であり、「海馬の萎縮」を手がかりとして認知症の予防や治療を考えてみてはどうでしょうか。

 

認知症の危険因子(もしくは防御因子)や遺伝的素因としてのアポリポプロテインEの遺伝子型などのうち多くの因子すなわち、糖尿病、高血圧、慢性腎臓病、飲酒、短い教育歴、うつ、難聴、身体活動や知的活動の不活発などが海馬の萎縮と関連しています。アルツハイマー病や進行の早い軽度認知障害では、アポリポプロテインEの遺伝子型により海馬萎縮が早いと言われていますが、むしろ脳アミロイド沈着のあるもので海馬萎縮が起こっているという報告もあります。

 

海馬は記憶をつかさどり、自覚的なもの忘れ—気のせいなのか?—についても、海馬が萎縮すると(ごく初期の症状としての)自覚的物忘れが起こると指摘した報告もあります。ここから進行すると記憶力が(客観的にも)低下し、さらに記憶力以外の脳機能も低下すると認知症となります。

 

海馬の萎縮がないことは、脳が健康であることの一つの目安と言えるのではないでしょうか。

疲れた脳の休め方

マインドフルネス [注1] 瞑想が「脳の休息法」として注目されています。意識的な活動をしていないとき(何もせずにぼんやりしているとき)に働く、いくつかの脳領域—後帯状皮質や内側前頭前皮質など—からなるデフォルト•モード•ネットワークは(何もしてないはずなのに)実は大量のエネルギーを消費しています。この通常の消費浪費に変わったときに脳は疲れるのでしょう。「疲れ」がとれないのはこのデフォルト•モード•ネットワークが暴走しているためで、マインドフルネス瞑想はこれにブレーキをかけるのではないかといわれています。

 

マインドフルネス瞑想経験者(10年以上の経験者、12人)についての研究があります(同数の瞑想未経験者と比較)[Ref. 1] 。マインドフルネス呼吸法や慈悲の瞑想、選択なき自覚の3つのタスクの前後で機能的MRI画像により脳の活動度をみると、後帯状皮質や内側前頭前皮質(すなわちデフォルト•モード•ネットワーク)での活動亢進が瞑想経験者では抑制されていました。やはりマインドフルネス瞑想はデフォルト•モード•ネットワークにブレーキをかける(むだに疲れないようにする)ものらしいです。気がつかないうちに脳が疲れていないでしょうか?

 

四月はこの上なく残酷な月

死の大地からライラックを育て上げ

追憶と欲望をかき混ぜ、春の雨で

生気のない根を奮い立たせる

冬はわれわれを暖かく包み

忘却の雪で大地を蔽い、乾からびた球根

で小さないのちを養ってくれた

  

四月はこの上なく残酷な月、春が心をざわつかせ、脳がムダに疲れやすい月—です。

 

注1:マインドフルネスとは、「評価や判断を加えずに、いまここの経験に対して能動的に注意を向けること」(久賀谷亮、最高の休息法. ダイヤモンド社)です。

 

注2:四月はこの上なく残酷な月—は「荒地」(T.S.Eliot、福田陸太郎・森山泰夫 注解より引用、大修館書店)

 

Ref. 1: Brewer JA, Worhunsky PD, Gray JR, Tang YY, Weber J, Kober H. Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity. Proc Natl Acad Sci U S A 2011;108:20254-20259

心房細動による認知症は脳の微小塞栓によるらしい

心房細動は高齢者では最もよくある不整脈で、60歳以下で1%、80歳以上で8%にあると言われています。心房細動は脳卒中の強力な発症危険因子ですが、心房細動があると認知症のリスクも増大することが最近注目されています。心房細動による認知症発症の理由として、心拍出量減少による脳血流低下、無症候性脳梗塞を含めた脳卒中の合併、心臓からの微小塞栓などが想定されています。

 

ある疫学調査では、心房細動があると海馬容積が小さくなり、学習、記憶、遂行機能などが障害されると報告されています [Ref. 1] が、他の報告(メイヨークリニック加齢研究)では心房細動と海馬萎縮との(その他アルツハイマー病関連のいくつかの因子とも)関連はなく、心房細動+脳梗塞が軽度認知障害と関連していました [Ref. 2] 。メイヨークリニックからの続報では、抗凝固療法により認知症の発症が20%減少している [Ref. 3] ので、心房細動による認知症には心臓からの微小塞栓が関与しているのではないでしょうか。

 

もちろん心房細動があるだけで認知症になるのではありません。そこのところよろしく!

 

Ref. 1: Knecht S, Oelschläger C, Duning T, Lohmann H, Albers J, Stehling C, Heindel W, Breithardt G, Berger K, Ringelstein EB, Kirchhof P, Wersching H. Atrial fibrillation in stroke-free patients is associated with memory impairment and hippocampal atrophy. Eur Heart J 2008;29:2125-2132.

 

Ref. 2: Graff-Radford J, Madhavan M, Vemuri P, Rabinstein AA, Cha RH, Mielke MM, Kantarci K, Lowe V, Senjem ML, Gunter JL, Knopman DS, Petersen RC, Jack CR Jr, Roberts RO. Atrial fibrillation, cognitive impairment, and neuroimaging. Alzheimers Dement 2016;12:391-398.

 

Ref. 3: Madhavan M, Hu TY, Gersh BJ, Roger VL, Killian J, Weston SA, Graff-Radford J, Asirvatham SJ, Chamberlain AM. Efficacy of Warfarin Anticoagulation and Incident Dementia in a Community-Based Cohort of Atrial Fibrillation. Mayo Clin Proc 2018;93:145-154.