脳科学とダイエット

ダイエットの99%は失敗するというというデータがあります。5つの質問に答えることで、食物依存症のリスクを自動的に計算してくれるオンラインの感受性クイズ(www.FoodFreedomQuiz.com)によると、私の点数は2点で食物依存症になる危険性は低く、このクイズの作成者であるスーザン・P・トンプソンは10点満点(実際にはスケールアウトしているのでは)とのことです。ここまでエビデンスをもとに「科学的に証明された究極の食事」について考えてきましたが、食物依存になる危険性が高いヒトにとっては、問題はそれほど単純ではないようです。精製された糖質はインスリンの過剰をもたらし、過剰なインスリンは「食べるのをやめさせるホルモン」であるレプチンの働きをさまたげ、満たされない空腹感をもたらします。このようにして脳が食物依存症となっていくのです。依存症ですから、基本的に意志の力は無力です。「本当に痩せる食事法」では4つの明確な一線(単純明快で確たる、決して越えない一線)を設定しています[注1] 。詳細はこの本を読んでいただきたいのですが、明確な一線とは、(すべての添加された糖)・穀粉穀物が加工され、挽かれて粉状になったものすべて—小麦粉が代表的なもの)を食べない、食事の時間(1日3食を決まった時間に食べる)、(食べ物の重さをはかる)の4つです。科学的に証明された、エビデンスにもとづく食事が示されているのに、それを守れないのはなぜでしょうか?「わかっちゃいるけど、やめられない」ということでしょうか?それは、脳が食物依存症(特に糖質依存)となって、脳の習慣が(不健康な方へ)変わってしまっているからです。食物依存症になるリスクが高い人は、脳が糖質に依存するようになる過程や仕組み、機序について十分に理解しておく必要があります。その上で食事に関する脳の悪い習慣を断ち切らなくてはいけません。

 

時間はもとより、やる気の総量も無制限ではない(ホントは無制限どころか、集中力は普通15分ほどしかもたない)我々にとって、特に食物依存の感受性が高いヒトにとって、ダイエットとはシンドイ「脳の問題」であると肝に銘じる必要があります。

 

注1:原題はBRIGHT LINE EATING、日本語版(青木創訳)は幻冬社から。日本語タイトルは「脳科学者が教える 本当に痩せる食事法」ですが、原題は「明確な(ゆずれない)一線を設定した食べ方」というほどの意味です。翻訳には誤りや省略がかなりみとめられる。たとえば(誤→正)、脾臓膵臓(p59)、糖類→糖質もしくは糖(p117、これはかなり重篤なミス、原文のママ「シュガー」とした方が良いかも)、レプチン欠損マウスやPETスキャン、感受性オンラインクイズのデータと図、オンラインブートキャンプ中の運動強度と減量の図、Mastermind Groups ---- の段落ごとの欠損(図表も無い)、Case Study(各章の終り)は断りもなく全て省略されている。

身体的虚弱(フレイル)と認知的フレイル

加齢に伴う身体機能低下を象徴的に示す特徴として「老化は足から」と言います。たとえば糖尿病や大脳白質病変があると歩行速度が遅くなることを私たちは観察しています[Ref. 1] 。さらに、「足が衰える」ことは単にからだだけの問題ではなくて、脳の働きにも関係しています。足し算をしながら歩くという「二重課題歩行」では記憶力低下(という脳の問題)があると、歩行速度が遅くなっていました。また別の研究では、「日常生活が自立し、4分の1マイル(400 m)を歩くことができ、休まずに階段を10段上ることができる」一般住民193人(平均年齢73歳)の「普通に6メートル歩く」のに要する時間について、14年間追跡して解析しています [Ref. 2] 。最終判定時に104人に認知機能障害(認知症と軽度認知機能障害を合わせたもの)がありました。歩行速度低下に関連していたのは、認知機能障害と海馬の萎縮(右)でした。歩行速度低下は認知機能障害に先行する(予言する)かっこうになっていました。普通に歩く速さが年々遅くなってきたら認知症の前ぶれかもしれません。

 

歩行速度を含む身体機能が衰えることを「フレイル =(体が)虚弱」としてとらえて重視する立場もあります。フレイルの診断基準としては、体重減少、倦怠感、活動量低下(運動習慣なし)、握力減少、通常歩行速度低下の5つが一般的に用いられています。この基準で歩行速度1m/秒未満を「歩く速さが遅い」とすると一般住民では[注1] 5%しか該当せず、握力低下は7.5%、体重減少(体格指数18.5未満とすると)3.5%などと少なく、逆に言うとフレイルは健常高齢者の中ではかなり身体機能が低下した状態であり、転倒や寝たきりとなるリスクが差し迫った状況のように思われます。フレイルと軽度の認知機能低下があると認知症発症リスクが急上昇することが示されており、認知的フレイルの概念として注目されています。国立長寿医療研究センターでの検討では、(身体的)フレイルのみでは認知症発症のハザード比は1.13(有意差なし)であったのに対して、軽度認知機能低下があるとハザード比は2.06、さらに認知的フレイルであると認知症発症のハザード比は3.43と急激な上昇を示していました[Ref. 3] 。このように認知症発症のリスクは単に脳だけの問題ではなく、身体面の要素(フレイル)が大変重要です。動かないでいると、動けなくなって、ヒトは病むのです。したがって認知症予防のためには、「脳トレ」のみでなく、「筋トレ」や「有酸素運動」など身体を鍛えることが重要です。

 

注1:2016〜2017年の脊振健診と2018年の吉野ヶ里健診のデータにもとづいています。

Ref. 1: Hashimoto M, Takashima Y, Uchino A, Yuzuriha T, Yao H. Dual task walking reveals cognitive dysfunction in community-dwelling elderly subjects: the Sefuri brain MRI study. J Stroke Cerebrovasc Dis2014;23:1770-1775.

Ref. 2: Rosso AL, Verghese J, Metti AL, Boudreau RM, Aizenstein HJ, Kritchevsky S, Harris T, Yaffe K, Satterfield S, Studenski S, Rosano C. Slowing gait and risk for cognitive impairment: The hippocampus as a shared neural substrate. Neurology2017;89:336-342.

Ref. 3: Shimada H, Doi T, Lee S, Makizako H, Chen LK, Arai H. Cognitive Frailty Predicts Incident Dementia among Community-Dwelling Older People. J Clin Med2018;7. pii: E250. 

腎臓の機能が低下すると認知症になりやすくなる

最近、腎臓は脳の働きにも影響を及ぼすことが明らかとなり、注目されています。慢性腎臓病は一般住民の8〜16%にみとめられ、脳梗塞認知症とも多くの危険因子(高血圧や糖尿病、潜在性脳梗塞などの脳小血管病)を共有しています。認知症発症リスクと腎機能障害についてのメタアナリシスでは、タンパク尿(アルブミン尿)があると認知機能低下や認知症発症リスクが35%上昇することが示されています[Ref. 1] 。その後の報告でもアルブミン尿と認知症アルツハイマー病と血管性認知症)[Ref. 2] 、アルブミン尿と血管性認知症[Ref. 3] の相関があることが確認されています。腎機能低下があると認知機能低下や認知症発症リスクが高まることはまちがいないようです。

 

慢性腎臓病があると認知機能が低下することはハッキリしているとしても、その機序についてはよくわかっていません。また、慢性腎臓病に関連する認知症の病型がアルツハイマー病なのか、血管性認知症なのかについても不明確です。私たちも一般住民(560人、女性が60%、平均年齢72歳)の脳MRI健診において、慢性腎臓病と認知機能[注1] の関係について検討しました[Ref. 4] 。腎機能と潜在性脳梗塞と認知機能の複雑な関係性は共分散構造分析[注2] という統計手法を用いて解析しました。複雑な関係性というのは、慢性腎臓病は主として糖尿病など血管危険因子によって引き起こされますが、慢性腎臓病自体が脳梗塞の危険因子のひとつであるといった込み入った関係性があるということです。解析結果は、予想通り腎機能低下は潜在性脳梗塞を介して遂行機能障害と関連がありましたが、腎機能低下が遂行機能障害と直接(潜在性脳梗塞と独立して)関連する経路もありました。この独立した経路の機序は不明ですが、腎機能低下が(ミニメンタルテストではなく)遂行機能に関連があることから、慢性腎臓病は血管性認知障害を引き起こすのではないかと考えています(現時点で異なる結果を出している報告もあります)。

 

注1:もっとも一般的な認知機能のスクリーニング検査であるミニメンタルテストと遂行(前頭葉)機能検査の一つであるストループテストを用いて認知機能を評価しました。

注2:複数の重回帰分析(多変量解析)をネットワークとして結んで、各因子(独立変数と従属変数)の関係を重回帰分析で解析し、モデル全体の適合度についても評価する統計解析の方法。最近では構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling [SEM] )ともいう。

Ref. 1: Deckers K, Camerino I, van Boxtel MP, Verhey FR, Irving K, Brayne C, Kivipelto M, Starr JM, Yaffe K, de Leeuw PW, Köhler S. Dementia risk in renal dysfunction: A systematic review and meta-analysis of prospective studies. Neurology2017;88:198-208. 

Ref. 2: Takae K, Hata J, Ohara T, Yoshida D, Shibata M, Mukai N, Hirakawa Y, Kishimoto H, Tsuruya K, Kitazono T, Kiyohara Y, Ninomiya T. Albuminuria Increases the Risks for Both Alzheimer Disease and Vascular Dementia in Community-Dwelling Japanese Elderly: The Hisayama Study.J Am Heart Assoc2018;7. pii: e006693.

Ref. 3: Gabin JM, Romundstad S, Saltvedt I, Holmen J. Moderately increased albuminuria, chronic kidney disease and incident dementia: the HUNT study. BMC Nephrol2019;20:261. 

Ref. 4: Yao H, Araki Y, Takashima Y, Uchino A, Yuzuriha T, Hashimoto M. Chronic Kidney Disease and Subclinical Brain Infarction Increase the Risk of Vascular Cognitive Impairment: The Sefuri Study. J Stroke Cerebrovasc Dis2017;26:420-424.

ビンスワンガー病について

ビンスワンガー病というのは広汎な白質病変が特徴的で、多発性のラクナ梗塞を伴う血管性認知症の一種です。白質病変とラクナ梗塞の組み合わせということでは、血管性認知症もしくは血管性認知障害の典型的な病型とも言えます。自験例を提示します。この症例(64歳、男性)は、30歳の時に高血圧が見つかっています(拡張期血圧が100〜110 mmHgとかなり高かった)。45歳の時に突然右の片麻痺が出現し、1ヶ月ほどで軽快しました。緩徐に進行してきた認知症の精査のために59歳の時に大学病院内科に入院しました。訪室すると仰向けに寝そべって、意識も身体機能にも問題ないのに、動かない、静か、ボーとした印象を受けました—今となって考えるとアパシーだったのでしょう(当時はアパシーという言葉を知りませんでした)。血圧158/102 mmHgと高血圧があり、右半身にほとんど分からないくらいの軽い麻痺がみとめられました。退院後は高血圧の治療を外来で続けて、特に変わったことはありませんでしたが、妻によると「だんだん静かになり、外出しなくなった」とのことでした。64歳の時にポジトロンCTを含む再評価を行いました。ポジトロンCTでは、脳血流と酸素代謝は共に病変のある深部白質領域で低下し、さらに明らかな異常のない大脳皮質前頭葉領域でも低下していました。ビンスワンガー病で認知機能が低下する機序は、広汎な白質病変(と多発性ラクナ梗塞の合併)により神経伝達が障害され(機能的離断と言います)、脳梗塞などの病変がない大脳皮質の機能が低下することです[Ref. 1] 。さらに認知症発症以前にポジトロンCTを行なうと、深部白質領域に脳血流は低下していても、(血液中から酸素を取り込む割合[酸素抽出率] を上げて)かろうじて酸素代謝は保たれている領域—貧困灌流と言います—が見られることがあります[注1] 。この貧困灌流の状態で長く持ちこたえることはできないので、やがて深部白質領域は虚血障害の状態となり、機能的離断により大脳皮質—特に前頭葉—の機能が低下し、血管性認知障害となります[Ref. 2] 。最近、ラクナ梗塞の患者の中で深部白質病変が中等度以上の群では(軽度以下の群と比較して)貧困灌流の状態にあることが示されています [Ref. 3] 。このような脳循環代謝の異常は血行力学的に脆弱な半卵円中心部(深部白質領域)にみとめられています。長期間持続した高血圧があると、主要な血管支配領域の「はざま」で脳循環が障害されやすく、白質病変を生じるのでしょう。

 

一つの大きな疑問は、全く認知症の無い健常高齢者でも2%くらいの頻度で(ビンスワンガー病と言ってよいほどの)広汎な白質病変があることです。このような広汎な白質のある健常高齢者では、ラクナ梗塞の合併頻度(もしくは合併するラクナ梗塞の数)は少なく、深部白質や前頭葉の脳血流は低下していません[Ref. 4] 。つまり健常高齢者の「広汎な白質病変」は(それ自体はMRI画像上ではビンスワンガー病の白質病変と区別できなくても)認知機能を大きく損ねることはないのです。とは言え、先に述べたようにメタボリックシンドロームや炎症はゆ合性以上の白質病変を引き起こし、次に述べるように、ゆ合性以上の白質病変となるとアパシーを引き起こすことがあり、白質病変の存在は(特にゆ合性以上のものは)無視できるものではありません。

 

脳血管性認知症アルツハイマー認知症の概念が確立したのは20世紀初めのことでしたが、脳血管性認知症の症状についてはそれ以前に記載があります。原田さんの文章を盛大に引用します[注2] 。「めまい、頭痛、疲労感、不眠などの身体症状が出現し、記憶が衰え、慣れた行動ができなくなる。感情易変、焦燥がある。このような前駆症状が長くあるいは短く続く。そのうち卒中発作が起こる。晩かれ早かれ片麻痺や舌下神経、顔面神経の一側性麻痺を示す。失語も稀でない。妄想観念を示すこともある。これらの状態が全く回復することもまれでない。卒中発作は再び起こり、そしてまた回復がある。しかし、次第に持続的な精神能力減弱状態に陥る。夜のみ精神症状が現われ昼はほぼふつうの生活ができることもある。記憶力障害は現在に関する忘却が高度なのに対して、過去のこと、特にずっと昔のことはしばしば驚くほどよく保たれる。動機なく急に泣いたり抑うつになったりするのが、この病気の人に独特である。徘徊し、制止されると怒る。不穏と傾眠が交代してみられる。最後は寝たきりとなる。心臓や血管に硬化性疾患を合併していることがまれでない。(一部略)」ここでは我々の時代の診断基準において重視されている項目が驚くほど正確に記載されています。その後、脳血管性認知症がはっきりとした臨床単位として取り上げられたのは、1894年のドイツ精神医学会年次総会でした。この学会において、ビンスワンガーはのちにビンスワンガー病と呼ばれることになる「皮質下脳炎」および「動脈硬化性脳変性」の二つの病型を指摘しました。次いで演壇に立ったアルツハイマーは、ビンスワンガーが述べた二番目の病型に相当する「動脈硬化性脳萎縮」について報告しました。このような経過を経て、脳血管性認知症の概念が成立したのは1904年ごろのことと考えられています。今日ではアルツハイマーの方が圧倒的に有名ですが、脳血管性認知症の概念の確立に深く関わったビンスワンガーはアルツハイマーと同時代のヒトだったのです。

 

注1:貧困灌流の状態では、脳血流が減少して、動脈血中の酸素を脳に取り込む比率を上げることで酸素代謝はギリギリでも保たれているので、厳密な意味では「虚血」ではありません。虚血とは正常な酸素代謝を保てなくなった状態です。貧困潅流でギリギリ酸素代謝が保たれている状態は「乏血」と言います。

注2:原田憲一. 血管性痴呆およびアルツハイマー型痴呆概念の誕生. 100年前の医学史回顧—その1. 血管性痴呆. 精神医学37:1132-1146,1995.

Ref. 1: Yao H, Sadoshima S, Kuwabara Y, Ichiya Y, Fujishima M. Cerebral blood flow and oxygen metabolism in patients with vascular dementia of the Binswanger type.Stroke1990;21:1694-1699.

Ref. 2: Yao H, Sadoshima S, Ibayashi S, Kuwabara Y, Ichiya Y, Fujishima M. Leukoaraiosis and dementia in hypertensive patients.Stroke1992;23:1673-1677.

Ref. 3:Nezu T, Yokota C, Uehara T, Yamauchi M, Fukushima K, Toyoda K, Matsumoto M, Iida H, Minematsu K. Preserved acetazolamide reactivity in lacunar patients with severe white-matter lesions: 15O-labeled gas and H2O positron emission tomography studies. J Cereb Blood Flow Metab2012;32:844-850.

Ref. 4: Yao H, Yuzuriha T, Fukuda K, Matsumoto T, Ibayashi S, Uchimura H, Fujishima M. Cerebral blood flow in nondemented elderly subjects with extensive deep white matter lesions on magnetic resonance imaging. J Stroke Cerebrovasc Dis2000;9:172-175. 

多価不飽和脂肪酸と脳梗塞の予防

脂肪酸は脂質を作っている成分で、その化学構造に二重結合がない飽和脂肪酸、二重結合が一つの一価不飽和脂肪酸、二重結合を二つ以上含む多価不飽和脂肪酸に分類されます。多価不飽和脂肪酸は二重結合の位置によってn-3脂肪酸n-6脂肪酸に分けられています。さらにn-3脂肪酸は、短鎖で植物由来のアルファリノレイン酸と長鎖で魚由来のエイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸に分けられます。食事中のn-6脂肪酸の多くはリノール酸で、アルファリノレイン酸とともに、もっとも多く摂取されるののです。哺乳類はn-3n-6の位置に二重結合を挿入するための酵素を欠損しているので、多価不飽和脂肪酸を自分の体内で合成することはできません。多価不飽和脂肪酸は食物(栄養素)として取り込むしかなく、必須脂肪酸と呼ばれています。多価不飽和脂肪酸が健康に良いと考えられるようになったのは、1960年代後半にグリーンランドエスキモーに心筋梗塞が非常に少ないことが判明し、その理由としては長鎖n-3脂肪酸を多く含むアザラシやクジラなどを食事でとっているからではないかと推測されたことがきっかけです。

 

魚を食べると心血管系疾患の予防につながるという研究結果の多くは心筋梗塞など虚血性心疾患に関するもので、脳梗塞については研究が少なく、結果も一致していません。脳梗塞と多価不飽和脂肪酸との関係の解析が難しい一つの理由は、脳梗塞には大血管病としてのアテローマ硬化によるもの、小血管病であるラクナ梗塞、心臓からの脳塞栓症などかなり異なる病型が混在することがあります。また、多価不飽和脂肪酸の摂取量を算定するための半定量的食物摂取頻度調査票が十分に正確であるかどうかの保証もありません(もちろん一定の検証はなされていますが---- )。デンマークで行われた研究では、192項目からなる半定量的食物摂取頻度調査票とともに、臀部より脂肪組織を採取して脂肪酸量をガスクロマトグラフィーで同定しました[Ref. 1, 2] 。細部を無視して非常に大胆にまとめると脂肪組織ではかったエイコサペンタエン酸とリノール酸が多いと(特に)大血管病としてのアテローマ硬化による脳梗塞が減少していました。日本からの報告でもリノール酸血中濃度が高いと脳卒中全般、脳梗塞(特にラクナ梗塞)が減少していました[Ref. 3] 。この3つの研究結果だけ見ると「不飽和脂肪酸をたくさん摂取すると脳梗塞が予防できる」と結論できるような印象を持ちますが、この分野の多くの研究を解析した総説論文では、6つの表にわたってのべ40もの(25論文の)研究結果の不一致がまとめられていて、まだまだ課題が多く残されています。

 

Ref. 1: Venø SK, Bork CS, Jakobsen MU, Lundbye-Christensen S, Bach FW, Overvad K, Schmidt EB. Linoleic Acid in Adipose Tissue and Development of Ischemic Stroke: A Danish Case-Cohort Study. J Am Heart Assoc2018;7: e009820. 

Ref. 2: Venø SK, Bork CS, Jakobsen MU, Lundbye-Christensen S, McLennan PL, Bach FW, Overvad K, Schmidt EB. Marine n-3 Polyunsaturated Fatty Acids and the Risk of Ischemic Stroke. Stroke2019;50:274-282.

Ref. 3: Iso H, Sato S, Umemura U, Kudo M, Koike K, Kitamura A, Imano H, Okamura T, Naito Y, Shimamoto T. Linoleic acid, other fatty acids, and the risk of stroke. Stroke2002;33:2086-2093.

 

 

 

甘い罠ー人工甘味料について

ジェイソン・ファンの著書「トロント最高の医師が教える世界最新の太らないカラダ」[注1] では、糖分の危険性が繰り返し指摘されています。いわく(肥満の対策として)「添加糖の摂取を減らす」や「精製された穀物の摂取を減らす」、グルコースよりも「フルクトースは特に、健康によくない」などなどです。さらに人工甘味料の問題点も指摘されています。フラミンガム研究[注2] での10年間の追跡調査において、脳卒中新規発症と認知症について「加糖飲料」との関係が解析されています[Ref. 1] 。その結果、人工甘味料を加えた飲料の摂取が多いと脳梗塞のハザード比は2.96、アルツハイマー病のハザード比は2.89と有意に上昇していました[注3] 。砂糖を加えた飲料と脳梗塞認知症との関連は示されませんでした。この当時には人工甘味料としてはサッカリンアセスルファムカリウム、アスファルテームが使用されていました。このような観察研究からは、糖尿病であるから(病気への対策として)人工甘味料の飲料にしているという可能性は否定できません。その後の閉経後の女性を対象としたWomen’sHealth Initiative (WHI) study [注4] では人工甘味料を加えた飲料摂取量が最大の群では脳卒中脳梗塞、心血管系疾患、死亡率の全てが増加していて、心血管系疾患や糖尿病を有する例を除外した感受性解析でも同様の結果でした。どうしてゼロカロリーの人工甘味料が危ないのかは明確ではありませんが、人工甘味料は体重増加や体脂肪増加をもたらし、インスリン抵抗性を引き起こすという成績があります。やはり人工甘味料は危ないようです。

 

注1:原題はThe Obesity Code、日本語版(多賀谷正子訳)はサンマーク出版から。

注2:フラミンガム研究は、5209人の地域住民を対象として、1948年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州フラミンガムで始まった—当初は心血管系疾患予防に特化した—疫学研究である。

注3:コックス比例ハザードモデルにより、年齢、性別、カロリー摂取量、食事ガイドラインの順守状況、身体活動度(自己申告)、喫煙を共変量として補正した結果(モデル2)です。

注4:Women’s Health Initiative (WHI) study(女性の健康イニシアチブ研究)とは米国の国立衛生研究所(NIH)による閉経後の女性の健康に関する研究プログラムhttps://www.nhlbi.nih.gov/science/womens-health-initiative-whi/

Ref. 1: Pase MP, Himali JJ, Beiser AS, Aparicio HJ, Satizabal CL, Vasan RS, Seshadri S, Jacques PF. Sugar- and Artificially Sweetened Beverages and the Risks of Incident Stroke and Dementia: A Prospective Cohort Study. Stroke2017;48:1139-1146. 

Ref. 2: Mossavar-Rahmani Y, Kamensky V, Manson JE, Silver B, Rapp SR, Haring B, Beresford SAA, Snetselaar L, Wassertheil-Smoller S. Artificially Sweetened Beverages and Stroke, Coronary Heart Disease, and All-Cause Mortality in the Women's Health Initiative. Stroke2019;50:555-562.

 

片頭痛と脳卒中

2018年6月にサンフランシスコで開催されたアメリカ頭痛学会での片頭痛に関する話題が紹介されています[注1] 。その中には、並存する健康問題からみて片頭痛が明確な8つ亜群に分類できること、ひどい症状の回数や薬の使用過多、慢性の片頭痛、前兆などが並存疾患の数と関連することが報告されています。興味深い話として、気候の変化が自分の片頭痛の引き金であると信じて、スマートウォッチで天気予報をみていた男性患者からスマートウォッチを取り上げたら気候変動は片頭痛の引き金とならなくなったというもので、つまり気候変動が引き金ではなく、気候変動で片頭痛が起こると信じていたことによる「不安感」が本当の引き金であったということです。ハイライトとして、calcitonin gene-related peptide (CGRP) に対するモノクローナル抗体片頭痛に対する有効性に関する複数の研究が進行中で、有望な結果を示しつつあると述べられています[注2] 。

 

それでは最先端から少し戻って、片頭痛脳卒中との関係はどのようになっているかみてみたいと思います。頭痛の原因は様々ですが、頻度の多いものとして緊張性頭痛と片頭痛があります。片頭痛が厄介なのは症状が激しいものが多く、吐き気にとどまらず実際嘔吐します。また、緊張性頭痛を緩和する入浴や飲酒は逆に片頭痛を悪化させます。片頭痛は生活の質を大きく損なうことが多いのです。さらに片頭痛脳卒中リスクを増すと言われていて、次のようなメタアナリシスがあります[Ref. 1] 。2836の論文から最終的に18論文を選定し、脳卒中について記載のある13研究(平均追跡期間5.8年)の結果では、片頭痛のあるヒトの脳卒中リスクは有意に上昇するというものでした(ハザード比1.42)。脳卒中の病型別では、脳梗塞脳出血もどちらも片頭痛があるとリスクが上昇していました。このリスク上昇は前兆のある片頭痛(頭痛の前にギザギザの光—閃輝暗点と言います—などの前兆があるもの)のみにみとめられました。確かに片頭痛があると脳卒中の発症リスクが増加しますが、ひとつ追加コメントするとしたら、片頭痛が多い若年女性では脳卒中の発症頻度そのものが低いので、リスク4割り増しでもそれほど怖がる必要はないと思います。片頭痛の治療には専門性が必要なことが多く、治療法も発展しているので、片頭痛のヒトはいい意味での「専門家」をかかりつけ医としておく必要があります。

 

注1:John Watson—Headache Experts on What’s Hot in Migraine. (https://www.medscape.com; September 04, 2018)

注2:2018年9月27日、インディアナポリス―イーライリリー・アンド・カンパニー(以下、リリー)(NYSE:LLY)は、本日、米国食品医薬品局(FDA)が、成人の片頭痛の予防治療を適応とする EmgalityTM (galcanezumab-gnlm) 120 mg 注射薬を承認したことを発表しました。Emgalityはカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)に結合するヒト化モノクローナル抗体で、CGRPの受容体への結合を阻害します。Emgalityは、月1回皮下投与する自己注射薬です。(日本イーライリリー株式会社プレスリリース、2018年10月4日)

Ref. 1:Mahmoud AN, Mentias A, Elgendy AY, Qazi A, Barakat AF, Saad M, Mohsen A, Abuzaid A, Mansoor H, Mojadidi MK, Elgendy IY. Migraine and the risk of cardiovascular and cerebrovascular events: a meta-analysis of 16 cohort studies including 1 152 407 subjects. BMJ Open2018;8:e020498.