認知症は減少している?!

高齢者の人口が増加しつづける社会では、当然のように認知症患者の数(有病率)は増加します [注1] が、認知症(の発症率)の減少を示すいくつかの報告があります。フラミンガム研究では [Ref. 1] 、認知症の発症率は1997-1983年の3.6/100人(5年累積発症率)から2004-2008年の2.0/100人へと直線的に減少していました(44%もの減少!)。認知症減少は、高校卒業以上の教育歴を持つものに限られていました。認知症の病型別では、血管性認知症が有意な減少を示していましたが、これは血管危険因子や脳卒中の減少では説明できませんでした。すなわち「認知症の発症率が減少しているのは(少なくともフラミンガムでは)確かなようだが、教育が普及したこと以外には格別な理由がみあたらない」ということです。平均年齢75歳ほどの約1万人について、電話による認知機能検査をおこない、2000年と2012年を比較した報告では、認知症の頻度は2000年が11.6%、2012年が8.8%と約24%減少していました [Ref 2] 。認知症のヒトが何人いるかも、もちろん大事ですが、新たに認知症になるヒトがどれくらいなのか(発症率)にもっと注目すべきです。発症率が減っていれば、認知症の予防ができている(もしくは予防可能性がある)ということだからです。何も考えずに、高齢者の人口増加×認知症の頻度=認知症増加という一種の判断停止に陥ってしまうと、認知症予防の可能性を見逃してしまうことになりかねません。

 

ひょいと後うしろを向いたあの馬は / かってまだ誰も見た事のないものを見た(中略)

それは、地球が、腕もとれ、脚もとれ、首もとれてしまった / 彫像の遺骸となり果てる時まで経っても / 人間も、馬も、魚も、鳥も、虫も、誰も、 / 二度とふたたび見ることの出来ないものだった。[注3]

この詩を高校の現代国語の授業で示された時のことを憶えています。クラスの反応は、「馬がみたものは(公害などにより)荒れ果てた地球のイメージ」といったものが多かったのですが、その大勢を占める発言に対しては違和感がありました。認知症

が増加しているのは明らかですが、「増加している、あたりまえだ」と言われると何か違和感があります。この「動作」といいうタイトルの詩で、馬が何を見たかは問題ではありません。作者が表現したかったのは、何かを見たかのような馬の「動作」だったのです。同様に、認知症の有病率(馬が何を見たのか)よりも、発症率(馬の動作)を読み取ることが大事ではないでしょうか。

 

最近、認知症が増加している(という注意喚起が増加中です)。ご注意ください。

 

注1:195の国と地域を調べた研究(the Global burden of Disease Study 2016)では、2016年の認知症は4380万人で、1990年と比較すると倍以上となっていました。その主な理由は高齢化と人口増加であると考えられています。この研究ではアルツハイマー病やその他の認知症の原因として4つの危険因子(肥満、空腹時血糖高値、喫煙、砂糖を含む飲料の多量摂取)を同定していますが、認知症の病型別の解析はなされていません。Cf. Lancet Neurol 2019;18:88-106.

注2:フラミンガム研究は、5209人の地域住民を対象として、1948年にアメリカ合衆国マッサーチュセッツ州フラミンガムで始まった—当初は心血管系疾患予防に特化した—疫学研究です。

注3:動作 (シュペルヴィエル堀口大学=訳、彌生書房)

Ref. 1:Satizabal CL, Beiser AS, Chouraki V, Chêne G, Dufouil C, Seshadri S. Incidence of Dementia over Three Decades in the Framingham Heart Study. N Engl J Med 2016;374:523-532.

Ref. 2: Langa KM, Larson EB, Crimmins EM, Faul JD, Levine DA, Kabeto MU, Weir DR. A Comparison of the Prevalence of Dementia in the United States in 2000 and 2012. JAMA Intern Med 2017;177:51-58.