多価不飽和脂肪酸と脳梗塞の予防

脂肪酸は脂質を作っている成分で、その化学構造に二重結合がない飽和脂肪酸、二重結合が一つの一価不飽和脂肪酸、二重結合を二つ以上含む多価不飽和脂肪酸に分類されます。多価不飽和脂肪酸は二重結合の位置によってn-3脂肪酸n-6脂肪酸に分けられています。さらにn-3脂肪酸は、短鎖で植物由来のアルファリノレイン酸と長鎖で魚由来のエイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸に分けられます。食事中のn-6脂肪酸の多くはリノール酸で、アルファリノレイン酸とともに、もっとも多く摂取されるののです。哺乳類はn-3n-6の位置に二重結合を挿入するための酵素を欠損しているので、多価不飽和脂肪酸を自分の体内で合成することはできません。多価不飽和脂肪酸は食物(栄養素)として取り込むしかなく、必須脂肪酸と呼ばれています。多価不飽和脂肪酸が健康に良いと考えられるようになったのは、1960年代後半にグリーンランドエスキモーに心筋梗塞が非常に少ないことが判明し、その理由としては長鎖n-3脂肪酸を多く含むアザラシやクジラなどを食事でとっているからではないかと推測されたことがきっかけです。

 

魚を食べると心血管系疾患の予防につながるという研究結果の多くは心筋梗塞など虚血性心疾患に関するもので、脳梗塞については研究が少なく、結果も一致していません。脳梗塞と多価不飽和脂肪酸との関係の解析が難しい一つの理由は、脳梗塞には大血管病としてのアテローマ硬化によるもの、小血管病であるラクナ梗塞、心臓からの脳塞栓症などかなり異なる病型が混在することがあります。また、多価不飽和脂肪酸の摂取量を算定するための半定量的食物摂取頻度調査票が十分に正確であるかどうかの保証もありません(もちろん一定の検証はなされていますが---- )。デンマークで行われた研究では、192項目からなる半定量的食物摂取頻度調査票とともに、臀部より脂肪組織を採取して脂肪酸量をガスクロマトグラフィーで同定しました[Ref. 1, 2] 。細部を無視して非常に大胆にまとめると脂肪組織ではかったエイコサペンタエン酸とリノール酸が多いと(特に)大血管病としてのアテローマ硬化による脳梗塞が減少していました。日本からの報告でもリノール酸血中濃度が高いと脳卒中全般、脳梗塞(特にラクナ梗塞)が減少していました[Ref. 3] 。この3つの研究結果だけ見ると「不飽和脂肪酸をたくさん摂取すると脳梗塞が予防できる」と結論できるような印象を持ちますが、この分野の多くの研究を解析した総説論文では、6つの表にわたってのべ40もの(25論文の)研究結果の不一致がまとめられていて、まだまだ課題が多く残されています。

 

Ref. 1: Venø SK, Bork CS, Jakobsen MU, Lundbye-Christensen S, Bach FW, Overvad K, Schmidt EB. Linoleic Acid in Adipose Tissue and Development of Ischemic Stroke: A Danish Case-Cohort Study. J Am Heart Assoc2018;7: e009820. 

Ref. 2: Venø SK, Bork CS, Jakobsen MU, Lundbye-Christensen S, McLennan PL, Bach FW, Overvad K, Schmidt EB. Marine n-3 Polyunsaturated Fatty Acids and the Risk of Ischemic Stroke. Stroke2019;50:274-282.

Ref. 3: Iso H, Sato S, Umemura U, Kudo M, Koike K, Kitamura A, Imano H, Okamura T, Naito Y, Shimamoto T. Linoleic acid, other fatty acids, and the risk of stroke. Stroke2002;33:2086-2093.