高血圧の治療による認知症の減少

高血圧の治療により認知症が予防できるのかについてはいまだハッキリしない点もあります。前節でも述べたように、降圧治療群に対して全く治療しない対照群を設定することは許されず、強力な研究デザインを計画できません。このような状況下で最近、降圧療法による認知症の予防効果に関する重要な報告が2つ出たので、少し詳しくみてみます。

 

通常治療よりも厳格な収縮期血圧のコントロールを目標(収縮期血圧目標値<120 mmHg)とするSystolic Blood Pressure Intervention Trial(SPRINT)は、糖尿病や脳卒中の既往のない高齢者で心血管系疾患の発症予防効果を検討することが主目的ですが、認知機能についても評価しています [Ref. 4-6-1] 。9,361人をランダム化比較試験により、中央値で3.34年介入し、5.11年追跡調査を行なった結果、厳格な血圧管理を行なっても認知症の発症は期待したほどには減少しませんでした。厳格な降圧療法の心血管系疾患への有益性が予定より早く明らかとなったため、この研究は早期に終了し、そのため認知症の発症が予想より少なかったなど、研究としての限界(不十分な検出力)があったと考えられています。

 

降圧療法と高脂血症の治療効果を検証するHeart Outcomes Prevention Evaluation-3(HOPE-3)trialは、認知機能 [注1] におよぼす影響について検討しています [Ref. 4-6-2] 。心血管系疾患の発症リスクが中等度(年間発症率が1%程度)の高齢者(2,361人を中央値で5.7年の追跡)において、降圧療法、高脂血症の治療、および両者の組み合わせによって、認知機能は良くも悪くもなりませんでした。血圧やコレステロール値がもっとも高いところでは、認知機能低下をおさえているので、より高リスク群を治療対象としたほうが良かったのかもしれません。もしくは、この研究で対象とした中等度リスク群では5.7年の治療期間では不十分だったのかもしれません。

 

以上の2つの研究を含む14の研究のメタアナリシス [Ref. 4-6-3] では、認知症の発症と認知機能低下は降圧療法により減少していました。認知症予防の観点からは、高血圧を治療して悪いことはない」と言えます。

 

高血圧が血管性認知症の危険因子であることはハッキリしていますが、高血圧がアルツハイマー病の危険因子かどうかは確定していません。2019年8月27日までの31628件の論文からシステマテイックレビユーにより209研究を抽出したメタアナリシス(主要解析は136研究が対象)では、認知症アルツハイマー病と(老年期よりも)中年期での高血圧との関連が示されました [Ref. 4-6-4] 。老年期では、収縮期の高い血圧と拡張期の低い血圧が認知症リスクと相関がありました。降圧薬薬を内服している高齢者では認知症リスクが低いことも示されています。この解析では「単純に高血圧が悪い」というのではなく、血圧値のバラツキが大きいことや、起立性低血圧も認知症リスクと関連していて、認知症予防のためには「高血圧」という病態に対して様々な角度からの見方が必要であり、「そのヒトにとっての個別化」した対応が必要であることを示唆しています。

 

ただ、なんとなくスッキリしないのは、高血圧を治療すると、どこがどうなって認知症が減るのか、その機序がよくわからないことです。「ある程度の有益効果が統計学的に出た」だけでは納得できなくなってきています。

 

注1:認知機能の評価はDigit Symbol Substitution Testにより行ない、修正版Montreal Cognitive AssessmentとTrail Making Test Part Bも使用しています。いずれも2〜10分程度で検査可能な簡易テストで、評価の高いものですが、あくまでも簡易テストであり、一人ひとりの能力を正確に評価できるものではありません。

 

 

Ref. 4-6-1: SPRINT MIND Investigators for the SPRINT Research Group, Williamson JD, Pajewski NM, Auchus AP, Bryan RN, Chelune G, Cheung AK, Cleveland ML, Coker LH, Crowe MG, Cushman WC, Cutler JA, Davatzikos C, Desiderio L, Erus G, Fine LJ, Gaussoin SA, Harris D, Hsieh MK, Johnson KC, Kimmel PL, Tamura MK, Launer LJ, Lerner AJ, Lewis CE, Martindale-Adams J, Moy CS, Nasrallah IM, Nichols LO, Oparil S, Ogrocki PK, Rahman M, Rapp SR, Reboussin DM, Rocco MV, Sachs BC, Sink KM, Still CH, Supiano MA, Snyder JK, Wadley VG, Walker J, Weiner DE, Whelton PK, Wilson VM, Woolard N, Wright JT Jr, Wright CB. Effect of Intensive vs Standard Blood Pressure Control on Probable Dementia: A Randomized Clinical Trial. JAMA 2019;321:553-561. 

Ref. 4-6-2: Bosch J, O'Donnell M, Swaminathan B, Lonn EM, Sharma M, Dagenais G, Diaz R, Khunti K, Lewis BS, Avezum A, Held C, Keltai M, Reid C, Toff WD, Dans A, Leiter LA, Sliwa K, Lee SF, Pogue JM, Hart R,Yusuf S; HOPE-3 Investigators. Effects of blood pressure and lipid lowering on cognition: Results from the HOPE-3 study. Neurology 2019;92:e1435-e1446. 

Ref. 4-6-3: Hughes D, Judge C, Murphy R, Loughlin E, Costello M, Whiteley W, Bosch J, O'Donnell MJ, Canavan M. Association of Blood Pressure Lowering With Incident Dementia or Cognitive Impairment: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA2020;323:1934-1944. 

Ref. 4-6-4: Ou YN, Tan CC, Shen XN, Xu W, Hou XH, Dong Q, Tan L, Yu JT. Blood Pressure and Risks of Cognitive Impairment and Dementia: A Systematic Review and Meta-Analysis of 209 Prospective Studies. Hypertension 2020;76:217-225.