飲酒と脳卒中

医学情報のエビデンスを手っ取り早く得るために皆がしているのは、メタアナリシスを探すことです。メタアナリシスは、系統的文献検索(システマテイックレビュー)を定量化したもので、エビデンスレベルは高くなります。もちろん「飲酒と脳卒中」に関しても(観察研究の)メタアナリシスはあると思いますが、ここでは原著を読むことにこだわってみたいと思います。

 

米国の一般住民12,433人(追跡開始時に45〜64歳)を中央値で22.6年間追跡した「中年時の飲酒と脳卒中のリスク」に関する研究があります [Ref. 1] 。飲酒量を少量(週3単位以下)、中等量(週4〜17単位)、大量(週18単位以上)—1単位はアルコール10 g—として、飲酒と脳卒中発症との関連について解析しています [注1] 。大量飲酒では脳梗塞発症増加傾向があり、少量から中等量(適量)飲酒での発症抑制効果はない—いわゆるJカーブ現象はない—という結果でしたが、いずれも(統計解析上)不明確なものでした。中等量以上の飲酒で脳出血の発症は増加していました。

 

脳梗塞と飲酒との関係について、この研究では明快な結果を得ることはできませんでした—メタアナリシスが必要なのでしょうか?

 

注1:コックス比例ハザードモデル—年齢、施設・人種、性別、教育、喫煙を共変量として調整(モデル1)。さらに、結婚しているか、LDLコレステロール、食事、身体活動度、追跡開始時点での虚血性心疾患と糖尿病などの共変量をモデル1に追加したものをモデル2としている。

 

Ref. 1: Jones SB, Loehr L, Avery CL, Gottesman RF, Wruck L, Shahar E, Rosamond WD. Midlife Alcohol Consumption and the Risk of Stroke in the Atherosclerosis Risk in Communities Study. Stroke 2015;46:3124-3130.

 

血圧を下げすぎてきつくはないか?

血圧が130/80 mmHg以上なら高血圧とする—と基準は厳しくなってきています。これは脳卒中の既往や糖尿病のない高齢高血圧患者の収縮期血圧を厳格に(120 mmHg以下を目標)コントロールすると、標準治療よりも心血管疾患の発症率や死亡率が低下したというランダム化比較試験の結果 [Ref. 1] にもとづいています。厳格な治療は—全体としては好結果をもたらすとしても—低血圧や失神、腎機能の増悪などを引き起こす可能性もあります。さらに降圧治療を受ける側がどう感じているかも重要です(「体調が良い」とか、「満足している」とか)。

 

そこでこのランダム化比較試験(SPRINT研究 [注1] )において、治療される側がどう感じているかという解析が行なわれました [Ref. 2] 。その結果、身体的および精神的状態評価やうつの指標、治療や薬剤に対する満足度、治療を遵守したか(できたか)などの各項目について、厳格治療群と標準治療群とでほぼ同様の結果でした。治療される側からみても「厳格な降圧療法は悪くない」ということです(少数の例外はもちろんあるでしょうけど)。ここまできちんとやられると、ちょっと「負けた」という感じがするほどです。

 

(治療される側が満足しているということは)それはそれで良いのでしょうけど、高血圧の基準を厳しくするより、食塩摂取量を減らす方が、日本ではずっといいのではないでしょうか。

 

注1:SPRINT研究については以下に詳しいまとめがあります。http://www.marianna-u.ac.jp/dbps_data/_material_/ikyoku/20160209nakayama.pdf

 

Ref. 1:SPRINT Research Group, Wright JT Jr, Williamson JD, Whelton PK, Snyder JK, Sink KM, Rocco MV, Reboussin DM, Rahman M, Oparil S, Lewis CE, Kimmel PL, Johnson KC, Goff DC Jr, Fine LJ, Cutler JA, Cushman WC, Cheung AK, Ambrosius WT. A Randomized Trial of intensive versus Standard Blood-Pressure Control. N Engl J Med 2015;373:2103-2116. 

 

Ref. 2:Berlowitz DR, Foy CG, Kazis LE, Bolin LP, Conroy MB, Fitzpatrick P, Gure TR, Kimmel PL, Kirchner K, Morisky DE, Newman J, Olney C, Oparil S, Pajewski NM, Powell J, Ramsey T, Simmons DL, Snyder J, Supiano MA, Weiner DE, Whittle J; SPRINT Research Group. Effect of Intensive Blood-Pressure Treatment on Patient-Reported Outcomes. N Engl J Med 2017;377:733-744. 

飲酒は適量でも脳に悪い(良くはない!)

「節度ある適度な飲酒」として、1日平均純アルコールで約20g程度 [注1] —という目安が示されています。しかしながら「適度な飲酒なら脳に良い」とは限りません。

 

30年という長期間追跡している英国の一般住民の集団から、ランダムに550人(平均年齢43歳、男性が約8割と多い)を選択し、飲酒量と脳MRI画像所見の関連について解析を行なった研究があります [Ref. 1] 。1週間に30単位以上(ここではアルコール10 mL [8 g] を1単位としている)の多量飲酒群では海馬萎縮 [注2] と判定されるオッズ比が5.8(95%信頼区間1.8—18.6、非飲酒群との比較)と増加していました。少量なら飲んだ方が良いのではという、いわゆる「Jカーブ現象」はみとめられず、飲酒量は多いほど悪いという結果でした。

 

「節度ある適度な飲酒」でも脳に良いということはない!

 

注1:厚生労働省のホームページから (http://www1.mhlw.go.jp/topics/kenko21_11/b5.html)

 

注2:左右の海馬でやや結果が異なりますが、1週間に30単位以上では左右ほぼ一致して萎縮ありと判定される。ここで示すオッズ比は右の値。

 

Ref. 1: Topiwala A, Allan CL, Valkanova V, Zsoldos E, Filippini N, Sexton C, Mahmood A, Fooks P, Singh-Manoux A, Mackay CE, Kivimäki M, Ebmeier KP. Moderate alcohol consumption as risk factor for adverse brain outcomes and cognitive decline: longitudinal cohort study. BMJ 2017;357:j2353.

 
 
 

副流煙による認知機能障害

ニコチンの代謝産物である(血液中や唾液中、尿中の)コチニンは喫煙者と非喫煙者を判別するもっとも良い指標です。非喫煙者においては、唾液中コチニン濃度は最近の(コチニンの半減期は16-25時間)受動喫煙の程度を反映します。

 

英国の一般住民からランダムに抽出した非喫煙者4,809名(平均年齢65.1歳、女性が53%)では、多量の副流煙受動喫煙)にさらされると「認知機能障害あり」と判定されるオッズ比 [注1] は1.44 (95%信頼区間1.07—1.94)と有意に増加していました [Ref. 1] 。以前に喫煙経験のある非喫煙者を除いて解析しても同様の結果が得られました。この研究は認知症発症をみたものではありませんが、受動喫煙の程度が強いと認知機能障害を起こす可能性が高いことを示しています。

 

高速液体クロマトグラフィーで分離して、ガスクロマトグラフィーで唾液のコチニンを測ってみよう!

 

注1:唾液中のコチニン濃度がもっとも高い群ともっとも低い群(4分位)を比較。ロジスティック回帰分析による断面調査—年齢、性別、教育歴、検査間隔、人種/民族、肉体労働、所得、喫煙の病歴、肥満、飲酒、身体活動度、うつ症状を共変量として調整。

 

Ref. 1: Llewellyn DJ, Lang IA, Langa KM, Naughton F, Matthews FE. Exposure to secondhand smoke and cognitive impairment in non-smokers: national cross sectional study with cotinine measurement. BMJ 2009;338:b462.

 

コーヒーはヒトの健康にどう影響するのか

  1. コーヒーには健康に良い面と悪い面の両方がある
  2. いくら健康に良い面があっても、飲み過ぎは体に毒
  3. どこからが飲み過ぎでどこまでが適量かは人ごとに異なる

この三カ条はコーヒーに限らず、健康を考えるときすべてに当てはまる原則 [注1] であろう。

 

ヨーロッパの10カ国で、健康—全死亡と疾患別死亡—に及ぼすコーヒーの影響について、451,743人を平均16.4年追跡調査した報告がある [Ref. 1] 。コーヒーを多く飲む群(多い方からの4分位)では、全死亡は減少した(ハザード比と95%信頼区間は、男性で0.88 [0.82-0.95]、女性で0.93 [0.87-0.98]) [注2] 。コーヒー飲用に伴う全死亡の減少は、通常のコーヒーでもカフェインレスコーヒーでも同様であった。疾患別死亡では、消化器疾患(肝疾患)と循環器疾患による死亡減少が顕著であった。脳卒中による死亡も、コーヒー多飲群(特に女性)で少なかった。

 

あなたにとってコーヒーとはなんですか? [注1]

 

注1:コーヒーの科学 (旦部幸博、ブルーバックス

 

注2:コックス比例ハザードモデル—体格指数、身体活動度、喫煙、教育、閉経、飲酒、カロリー摂取量、赤身もしくは加工した肉の摂取量、果物と野菜の摂取量を共変量として調整

 

Ref. 1: Gunter MJ, Murphy N, Cross AJ, Dossus L, Dartois L, Fagherazzi G, Kaaks R, Kühn T, Boeing H, Aleksandrova K, Tjønneland A, Olsen A, Overvad K, Larsen SC, Redondo Cornejo ML, Agudo A, Sánchez Pérez MJ, Altzibar JM, Navarro C, Ardanaz E, Khaw KT, Butterworth A, Bradbury KE, Trichopoulou A, Lagiou P, Trichopoulos D, Palli D, Grioni S, Vineis P, Panico S, Tumino R, Bueno-de-Mesquita B, Siersema P, Leenders M, Beulens JWJ, Uiterwaal CU, Wallström P, Nilsson LM, Landberg R, Weiderpass E, Skeie G, Braaten T, Brennan P, Licaj I, Muller DC, Sinha R, Wareham N, Riboli E. Coffee Drinking and Mortality in 10 European Countries: A Multinational Cohort Study. Ann Intern Med 2017;167:236-247.

 
 

受動喫煙によって死亡率はかなり増加する

受動喫煙対策に関する岩田のコメントを盛大に引用する—(屋外まで禁煙にしようという受動喫煙対策失敗の)理由は簡単だ。受動喫煙健康被害の質の高いエビデンスは屋内での喫煙に関してのみで、その被害は家庭や職場、レストランやバーだからだ。外での喫煙者が他者に健康被害をもたらす可能性はないか、あっても非常に小さい [注1] 。

 

中国の喫煙経験のない女性72,829人を平均5.7年追跡して、コックス比例ハザード回帰モデル [注2] により環境たばこ煙の弊害について解析した報告がある [Ref. 1] 。環境たばこ煙については、日常的に(毎日1本を6か月以上)「夫から/職場で/20歳以前に家族から」受動喫煙があったかを質問した。夫からの受動喫煙では全死亡(ハザード比と95%信頼区間は1.15 [1.01-1.31])と心血管系死亡(特に脳卒中)が増加し、職場での受動喫煙ではがん(特に肺がん)による死亡が増加していた。

 

間接的に吸煙したくらいではそれほど害はなかろう—ではなく、受動喫煙でも(近距離なら)これだけ悪いということは、直接喫煙すると「たばこはとてつもなく害がある」ということ。

 

注1:塩崎大臣の失敗と受動喫煙対策のあるべき姿 岩田健太郎 2017年06月22日(http://blogos.com/article/230338/

 

注2:死亡率を年齢の関数として、教育、職業、所得、身体活動度、体格指数、肉・野菜・果物の摂取量を共変量として調整

 

Ref. 1: Wen W, Shu XO, Gao YT, Yang G, Li Q, Li H, Zheng W. Environmental tobacco smoke and mortality in Chinese women who have never smoked: prospective cohort study. BMJ 2006;333:376.

認知症は減少している?!

高齢者の人口が増加しつづける社会では、当然のように認知症患者の数(有病率)は増加します [注1] が、認知症(の発症率)の減少を示すいくつかの報告があります。フラミンガム研究では [Ref. 1] 、認知症の発症率は1997-1983年の3.6/100人(5年累積発症率)から2004-2008年の2.0/100人へと直線的に減少していました(44%もの減少!)。認知症減少は、高校卒業以上の教育歴を持つものに限られていました。認知症の病型別では、血管性認知症が有意な減少を示していましたが、これは血管危険因子や脳卒中の減少では説明できませんでした。すなわち「認知症の発症率が減少しているのは(少なくともフラミンガムでは)確かなようだが、教育が普及したこと以外には格別な理由がみあたらない」ということです。平均年齢75歳ほどの約1万人について、電話による認知機能検査をおこない、2000年と2012年を比較した報告では、認知症の頻度は2000年が11.6%、2012年が8.8%と約24%減少していました [Ref 2] 。認知症のヒトが何人いるかも、もちろん大事ですが、新たに認知症になるヒトがどれくらいなのか(発症率)にもっと注目すべきです。発症率が減っていれば、認知症の予防ができている(もしくは予防可能性がある)ということだからです。何も考えずに、高齢者の人口増加×認知症の頻度=認知症増加という一種の判断停止に陥ってしまうと、認知症予防の可能性を見逃してしまうことになりかねません。

 

ひょいと後うしろを向いたあの馬は / かってまだ誰も見た事のないものを見た(中略)

それは、地球が、腕もとれ、脚もとれ、首もとれてしまった / 彫像の遺骸となり果てる時まで経っても / 人間も、馬も、魚も、鳥も、虫も、誰も、 / 二度とふたたび見ることの出来ないものだった。[注3]

この詩を高校の現代国語の授業で示された時のことを憶えています。クラスの反応は、「馬がみたものは(公害などにより)荒れ果てた地球のイメージ」といったものが多かったのですが、その大勢を占める発言に対しては違和感がありました。認知症

が増加しているのは明らかですが、「増加している、あたりまえだ」と言われると何か違和感があります。この「動作」といいうタイトルの詩で、馬が何を見たかは問題ではありません。作者が表現したかったのは、何かを見たかのような馬の「動作」だったのです。同様に、認知症の有病率(馬が何を見たのか)よりも、発症率(馬の動作)を読み取ることが大事ではないでしょうか。

 

最近、認知症が増加している(という注意喚起が増加中です)。ご注意ください。

 

注1:195の国と地域を調べた研究(the Global burden of Disease Study 2016)では、2016年の認知症は4380万人で、1990年と比較すると倍以上となっていました。その主な理由は高齢化と人口増加であると考えられています。この研究ではアルツハイマー病やその他の認知症の原因として4つの危険因子(肥満、空腹時血糖高値、喫煙、砂糖を含む飲料の多量摂取)を同定していますが、認知症の病型別の解析はなされていません。Cf. Lancet Neurol 2019;18:88-106.

注2:フラミンガム研究は、5209人の地域住民を対象として、1948年にアメリカ合衆国マッサーチュセッツ州フラミンガムで始まった—当初は心血管系疾患予防に特化した—疫学研究です。

注3:動作 (シュペルヴィエル堀口大学=訳、彌生書房)

Ref. 1:Satizabal CL, Beiser AS, Chouraki V, Chêne G, Dufouil C, Seshadri S. Incidence of Dementia over Three Decades in the Framingham Heart Study. N Engl J Med 2016;374:523-532.

Ref. 2: Langa KM, Larson EB, Crimmins EM, Faul JD, Levine DA, Kabeto MU, Weir DR. A Comparison of the Prevalence of Dementia in the United States in 2000 and 2012. JAMA Intern Med 2017;177:51-58.