高血圧がアルツハイマー病の原因?

高血圧の治療をランダム化すると、対照群(未治療群)で必ず脳卒中が増加するのでランダム化比較試験は承認されません。ランダム化比較試験ができない状況下では高血圧が認知症の原因となるかどうかを明らかにすることはできません[Ref. 1] 。ここで古典的なSyst-Eur Study [Ref. 2, 3]をあらためて見ておきたいと思います。当時は収縮期血圧のみが高い高血圧(収縮期血圧≧160、拡張期血圧<95)が本当に有害なのかよくわかっていなかったので、ランダム化比較試験が開始されました。やはりというか、今日の感覚からすると当然のことですが、対照群に有害事象(脳卒中)が多いことが明らかとなり、この試験は早期に中止されました。この試験では同時に認知症発症についても検討しており、試験中止後も(対照群にも降圧薬を投与して)経過観察が行われました。その結果認知症発症は降圧治療群において対照群(プラシボーから降圧治療へ)と比較して、55%も減少しており、認知症の病型別にみると特にアルツハイマー認知症の減少が顕著でした。この研究はランダム化比較試験なので、エビデンスとしては強力です。高血圧はアルツハイマー病の原因なのでしょうか?この疑問に対しての論評が出されています[Ref. 4] 。アルツハイマー病が血管病ではないかという意見に対して、アルツハイマー病は血管支配領域に沿って進行するものではないことは明らかで、おそらく高血圧により引き起こされ並存することとなった脳血管障害(潜在性脳梗塞や白質病変[注1] )により潜在的アルツハイマー病(病変)が臨床的にアルツハイマー病(認知症)として顕在化すると考えた方が合理的ではないかということです。

 

注1:Syst-Eur Study当時は、血管障害と変性疾患の鑑別のための画像診断にはCTが用いられており、CTで正確な評価ができるとは思えません。さらにCTができないときはハッチンスキーの虚血スコアにより判断している(つまり潜在性脳梗塞による認知機能低下を想定していない)。認知機能低下のスクリーニング検査としては、悪名高き(感受性の低い)ミニメンタルテスト(23点をカットオフ)が用いられているのも問題でしょう。

Ref. 1: Walker KA, Power MC, Gottesman RF. Defining the Relationship Between Hypertension, Cognitive Decline, and Dementia: a Review. Curr Hypertens Rep 2017;19:24.

Ref. 2: Forette F, Seux ML, Staessen JA, Thijs L, Birkenhäger WH, Babarskiene MR, Babeanu S, Bossini A, Gil-Extremera B, Girerd X, Laks T, Lilov E, Moisseyev V, Tuomilehto J, Vanhanen H, Webster J, Yodfat Y, Fagard R. Prevention of dementia in randomised double-blind placebo-controlled Systolic Hypertension in Europe (Syst-Eur) trial. Lancet1998;352:1347-1351.

Ref. 3: Forette F, Seux ML, Staessen JA, Thijs L, Babarskiene MR, Babeanu S, Bossini A, Fagard R, Gil-Extremera B, Laks T, Kobalava Z, Sarti C, Tuomilehto J, Vanhanen H, Webster J, Yodfat Y, Birkenhäger WH; Systolic Hypertension in EuropeInvestigators. The prevention of dementia with antihypertensive treatment: new evidence from the Systolic Hypertension in Europe (Syst-Eur) study. Arch Intern Med2002;162:2046-2052. 

Ref. 4: Román GC, Royall DR. A diagnostic dilemma: is "Alzheimer's dementia" Alzheimer's disease, vascular dementia, or both?Lancet Neurol 2004;3:141.

なぜ統計学が最強の学問なのか?

なぜ統計学が最強の学問であるのか?西内さんの本[注1] から盛大に引用します。その理由は、「人間の制御しうる何物についても、その因果関係[注2] を分析できるから」であり、この統計学の汎用性は、どのようなことの因果関係も科学的に検証可能なランダム化比較試験(=実験)によって支えられています。ランダム=無作為とは、「意図的に手を加えることなく、偶然にまかせること」(広辞苑)であり、十分にランダム化してしまえば、検定したい1因子以外の因子(背景因子)は群間で同じとなります。適切にランダム化された比較試験によって「ある結果」がえられたときは、そのえられた結果の原因は「その1因子」以外ありえないということです(その他の因子は全て同じだから)。現実問題として(倫理的な問題などから)実行不可能であることも少なくありませんが、ランダム化比較試験は強力で、したがって統計学は最強の学問と言ってよいのです。

 

しかしながら倫理的問題以外にも問題はあります。例えば、多数例の解析や長期間の追跡調査では欠損値は避けがたいとも言えます。臨床研究(特にランダム化比較試験)における欠損値の取り扱いについて解説した記事—欠損値解析計画から欠損したものは何? [Ref. 1]—があります。Intention-to-treatの原則により、一旦ランダム化された全ての対象は—プロトコールが遵守されたか否かにかかわらず—解析から除外してはいけません。つまり欠損値となった症例も解析に加えなくてはいけないし、除外すると検出力が低下し、(より重篤な問題として)結果にバイアスを生じることとなります。なぜ欠損値が出るのでしょうか?攻撃は最大の防御—欠損値を処理する最も良い方法は欠損値を出さないことでしょう。次のようなことも考えておかなくてはなりません。(1)どれくらいの頻度で欠損値が出たら、結果に影響を及ぼすのでしょうか?一般的に研究者は5%と20%の間を想定しています。(2)欠損値を処理(補完=imputation)するための統計手法としては、single imputationよりもmultiple imputationの方が好まれでいて、ロジスティック回帰が用いられたりします。ここで大事なのは欠損値が生じる機序であって、完全にランダムに生じるのか、比較的ランダムに生じるのか、それともランダムに生じるのではないのかです。ランダムでなく生じた欠損値にもmultiple imputationは適応可能ですが、その欠損値が生じる機序について十分に認識しておくことが重要です。(3)さらに、全ての状況がルーチンで処理できるわけではないので、様々な仮説を設定してsensitivity analysisをやってみるべきでしょうとこの記事は教えてくれています。

 

それではランダム化比較試験ができないときは、どうしたらいいのでしょうか。ランダム化を困難にする3つの壁—現実」の壁、「倫理」の壁、「感情」の壁—があります[注1] 。科学は観察と実験からなるのですから、実験ができないときは観察するしかありません。そのための手法が、重回帰分析やロジスティック回帰分析などの多変量解析ということになります。複数の原因と想定される因子の中である因子(説明変数)が独立して(いるから独立変数なのです)、従属変数(結果)と相関することを多変量解析は示してくれます。因果関係[注2] について「決定的」なことは言えないとしても、十分に共変量について考慮した多変量解析から得られた結論はエビデンスとしてして「十分に強力」とみなして良いのではないでしょうか。

 

ただ因果関係を追い求めるあまりに、大事なことを忘れていないでしょうか?強力なランダム化比較試験によって(もしくはランダム化比較試験のメタアナリシスによって)「絶対間違いない」結論が得られたとしても、医学的に意味不明なものが将来的に世紀の新発見となることは少ないでしょう(無いとは言えませんが----)。何を忘れているのでしょうか?それは多くの因子間にある(単純であってほしいけど)複雑な関係性結果に至るまでの機序ではないでしょうか。ゆっくり寝た後の休日の朝早く、多変量間の関係性を想像して、図に書いてみると「なんだそうだったんだ」とか「なんで気づかなかったのだろう」ということがあるかもしれません。こんなやり方は非効率で贅沢でしょうか?

 

注1:統計学が最強の学問である (西内啓、ダイヤモンド社

注2:因果関係とは、ある原因によってどのように結果が変わるか—ということ。すなわちある原因(説明変数、独立変数)によりある結果(アウトカム[成果指標]、従属変数)がもたらされることを因果関係という。

Ref. 1: Yeatts SD, Martin RH. What is missing from my missing data plan? Stroke2015;46:e130-132.

認知症になりやすい遺伝子を持っているか知っておいた方が良いのか?

認知症のリスクを高くする遺伝子—アポリポプロテインε4遺伝子—検査を日常診療に取り入れるべきなのでしょうか。取り入れた方が医療者のみならず、患者(被験者)にとっても良いことなのでしょうか?この問題提起に対して論じた論文があります[Ref. 1] 。医療者の定期的な訪問に加えて、エクササイズや栄養、知的刺激、血管危険因子の管理など多様な介入をすることによって大きな効果があることをthe FINGER trialは示しましたが、この有益効果はアポリポプロテインε4遺伝子のあるなしで差はありませんでした。この結果からみると、アポリポプロテインε4遺伝子を自分が持っているかどうか知っても役にはたたないように思えます。身体活動度が低い不活発な生活をおくっているヒトではアポリポプロテインε4遺伝子がより悪さをしているようなので、「体を動かした方が良い」と(強く)助言できるかもしれません。一方、地中海食はアポリポプロテインε4遺伝子を持っていないヒトでより有益性が高いようです。タバコとアポリポプロテインε4遺伝子が相乗効果で悪い(と言われています)としても、アポリポプロテインε4遺伝子を持っているヒトも持っていないヒトもタバコはやめた方がいいのではないでしょうか。受動喫煙でも相当悪いわけですし。アポリポプロテインε4遺伝子を持っているハイリスク群に—有効性が証明された手技によって—集中的に介入すれば効果は大きいでしょう(ほっとけば悪ければ悪いほど、有効な治療を行うことができれば効果は大きい)。繰り返しますが、そのような介入の有益効果を示したthe FINGER trialではアポリポプロテインε4遺伝子の有無で区別することは意味がありませんでした。(自分が)アポリポプロテインε4遺伝子を持っていると教えてもらっても、あまり良いことはないと考えています。

 

Ref. 1:Berkowitz CL, Mosconi L, Rahman A, Scheyer O, Hristov H, Isaacson RS. Clinical Application of APOE in Alzheimer's Prevention: A Precision Medicine Approach. J Prev Alzheimers Dis2018;5:245-252.

教育と脳

大島潜居となった西郷吉之助はこの機会に書物を読むことにしました。書物を読みすぎると何事に対しても決断できず「迷ってばかりいる人間になる」のではないかと大久保一蔵は心配しましたが、大久保の父次右衛門は次のように述べたそうです。「そげん人間は、もともとぐずなんじゃ。(中略)書物を読んだおかげで、阿呆になるだけは助かったのよ。すぐれた気象のある者は、書物を読むことによって判断が正確になるが、そのためにぐずなぞにはなりはせん。書物を読んでぐずになるような人間は、はじめからすぐれた気象などなかのよ」[注1] 。

 

11歳の時に知能テストを受け、その後高齢となってからMRI検査を受けた617例(平均年齢72.7歳、46.2%が女性)を対象としたもので、教育期間が長いほど大脳皮質は厚かった(発達していた)という報告があります[Ref. 1] 。有意な相関のあった(両側の)側頭葉、内側前頭葉頭頂葉、感覚野、運動野のうち、11歳時の知能指数で補正すると、教育歴の長さと相関があったのは両側側頭葉上部のみでした。これはどういうことかというと11歳までに獲得した知能の方が、その後の教育効果よりも重要な影響を脳におよぼしているということです。幼少時の知能指数を考慮してこなかったこれまでの報告は、(11歳以降の)教育効果を過大評価している可能性があります。つまり、もともと頭の良かったヒトが教育を受けると「とても頭が良く」なる?—ということではないでしょうか。それとも10歳以前の幼児期からの教育がとても大事ということかもしれません。

 

教育と認知症について、69もの観察研究をまとめたメタアナリシスがあります [Ref. 2] 。これによると教育期間が短いと認知症は増加します(オッズ比と95%信頼区間は、認知症の頻度に対して2.61 [2.21-3.07]、発症率に対して1.88 [1.51-2.34])。明らかに教育には認知症の予防効果がある(らしい)のですが、観察研究から言えることには限界があります。よく計画された観察研究でも、因果関係について論じるには十分強力とは言えないことが多いのです。ましてや個人の感想などほとんど無意味です。なぜ、教育に実験が必要なのか?教育の効果をきちんと検証するには、ランダム化比較試験が必要となります[注2] 。ランダム=無作為とは、「意図的に手を加えることなく偶然にまかせる」ことであり、ランダム化により「検定したいある・・因子」以外のすべての因子は群間で同じとなります。したがってランダム化比較試験により群間に有意差が出た場合、その結果の原因は「特定のその・・因子」であると結論することができます。このようなランダム化比較試験という「実験」を駆使して、教育経済学は「どういう教育が成功する子供を育てるのか」という強力なエビデンスを示すことができるのです。

 

注1:西郷と大久保(海音寺潮五郎新潮文庫

注2:「学力」の経済学(中室牧子、デイスカバー・トウエンテイワン)

Ref. 1: Cox SR, Dickie DA, Ritchie SJ, Karama S, Pattie A, Royle NA, Corley J, Aribisala BS, Valdés Hernández M, Muñoz Maniega S, Starr JM, Bastin ME, Evans AC, Wardlaw JM, Deary IJ. Associations between education and brain structure at age 73 years, adjusted for age 11 IQ. Neurology2016;87:1820-1826.

Ref. 2:MengX, D'ArcyC. Education and dementia in the context of the cognitive reserve hypothesis: a systematic review with meta-analyses and qualitative analyses. PLoS One2012;7:e38268.

野菜と果物と脳の健康

野菜や果物を多く食べると健康に良いと一般的に信じられています。高所得から低所得までを含む18カ国、35から70歳までの135,335人を平均7.4年追跡した観察研究があります[Ref. 1] 。果物や野菜、豆などの摂取量が多いと総死亡率と心血管疾患以外による死亡率が減少していました。総死亡率の減少は375〜500 g/日の摂取量でもっとも著明で[注1] 、それ以上摂取してもほとんど効果は同じでした。心血管系疾患による死亡率は減少傾向を示すものの有意差にはいたりませんでした。これだけの大規模な研究でもそれほど歯切れの良い結果は(特に脳卒中に関しては)得られませんでした。一方、食事による抗酸化物質(ビタミン類)摂取量とその血中濃度の有益性について検討したメタアナリシス[Ref. 2] では、ビタミンCとカロテン類の食事からの摂取量が多く、血中濃度が高いと脳卒中を含む心血管系疾患や癌、総死亡率が減少していました。ビタミンEに関しては血中濃度が高いと心血管系疾患や癌、総死亡率が減少していましたが、食事からの摂取量とは有意な相関はありませんでした。つまり、野菜や果物からの抗酸化物質をとることは良い結果をもたらすけれども、サプリからの摂取はおすすめできないということのようです。

 

それでは野菜や果物と認知症の関係はどうでしょうか。9の研究(5つのコホート研究と4つの断面調査)をまとめたメタアナリシスがあります [Ref. 2] 。それによると野菜と果物の摂取量がもっとも多い群ともっとも少ない群の比較において、多い群は認知症や認知機能低下の危険性が有意に低下していました[注2] 。野菜と果物を多く食べると認知症になりにくいという結果でした。ただし野菜だけについて解析したものでは明らかに良いという結果は得られておらず、(さらに重要と思われるのですが)野菜や果物を多く食べるというヒトは健康的な生活習慣と食生活をしていることが多いので、(生活習慣因子を含めた多変量調整後の結果とはいえ)結果の解釈には注意が必要です。野菜や果物を多く食べるだけ(原因)で認知症になるリスクが2割減る(結果)とは言えません。

 

注1:多変量調整後のハザード比0.78、95%信頼区間0.69-0.88でした。年齢、性別、中心施設、摂取エネルギー、現在の喫煙、糖尿病、都市在住か地方在住か、身体活動度、教育歴、白身の肉・赤みの肉・パン・穀類摂取量(3分位)で多変量調整した結果です。

注2:野菜と果物の摂取量がもっとも多い群で最も少ない群(対照群)との比較で、オッズ比0.80、95%信頼区間0.71-0.89でした。

Ref. 1:Miller V, Mente A, Dehghan M, Rangarajan S, Zhang X, Swaminathan S, Dagenais G, Gupta R, Mohan V, Lear S, Bangdiwala SI, Schutte AE, Wentzel-Viljoen E, Avezum A, Altuntas Y, Yusoff K, Ismail N, Peer N, Chifamba J, Diaz R, Rahman O, Mohammadifard N, Lana F, Zatonska K, Wielgosz A, Yusufali A, Iqbal R, Lopez-Jaramillo P, Khatib R, Rosengren A, Kutty VR, Li W, Liu J, Liu X, Yin L, Teo K, Anand S, Yusuf S; Prospective Urban Rural Epidemiology (PURE) study investigators. Fruit, vegetable, and legume intake, and cardiovascular disease and deaths in 18 countries (PURE): a prospective cohort study. Lancet2017;390:2037-2049.

Ref. 2: Aune D, Keum N, Giovannucci E, Fadnes LT, Boffetta P, Greenwood DC, Tonstad S, Vatten LJ, Riboli E, Norat T. Dietary intake and blood concentrations of antioxidants and the risk of cardiovascular disease, total cancer, and all-cause mortality: a systematic review and dose-response meta-analysis of prospective studies. Am J Clin Nutr2018;108:1069-1091. 

Ref. 2: Jiang X, Huang J, Song D, Deng R, Wei J, Zhang Z. Increased Consumption of Fruit and Vegetables Is Related to a Reduced Risk of Cognitive Impairment and Dementia: Meta-Analysis. Front Aging Neurosci2017;9:18. 

メタボリックシンドロームと炎症と動脈硬化

つまめる脂肪—皮下脂肪—はそれほど悪くなく、つまめない脂肪—内臓脂肪—が悪いことがわかってきました。内臓脂肪の増加はインスリン抵抗性[注1] を引き起こし、虚血性心疾患や脳卒中などの原因となります。内臓脂肪の増加による中心性肥満を主たる病態とする症候群がメタボリックシンドロームで、比較的新参者の心血管危険因子として注目されています。中心性肥満(腹囲の増加)に加えて中性脂肪の増加(またはHDLコレステロールの減少)、高血糖、高血圧の3うのうち2つがあることがメタボリックシンドロームの診断基準となっています。また新たな血管危険因子としてもっとも有望なものの一つと目されている高感度C-reactive protein(CRP)は中性脂肪の増加やHDLコレステロールの減少、中心性肥満、血圧上昇、空腹時血糖の増加と関連があり、すなわち炎症とメタボリックシンドロームの関連が示唆されています。高感度CRPメタボリックシンドロームの関連が非常に密接であることから、高感度CRP増加をメタボリックシンドロームの診断基準の一つに加えてはどうかという主張もあります[Ref. 1] 。メタボリックシンドロームと炎症を結ぶ機序としては、脂肪細胞から分泌されるアデイポカインの関与が示唆されています[Ref. 2] 。メタボリックシンドロームではレプチンの増加、アデイポネクチンの減少、interleukin-6(IL-6)やtumor necrosis factor-α(TNF-α)などの炎症を引き起こすサイトカインの増加が報告されています。逆に炎症を抑制するIL-1βはメタボリックシンドロームで減少し、NADPH oxidaseによる酸化ストレスを増強する可能性がありますが、その機序の詳細に関しては不明な点も多いようです。

 

メタボリックシンドロームに高頻度に並存するものとして高尿酸血症があります。尿酸は抗酸化物質としての性質があることから、高尿酸血症には有益性があるのではないかとの考えもありましたが、細胞内に入った尿酸は血管拡張物質である一酸化窒素を阻害し、血小板凝集を増強し、炎症を引き起こすという有害作用をもたらすことが明らかとなりました。尿酸を下げることにより、新血管系疾患が減少するかというランダム化比較試験はないので、高尿酸血症動脈硬化の原因とは言えないのですが、尿酸は痛風と尿路結石の原因というだけではないようです。

 

Ref. 1: Ridker PM, Wilson PW, Grundy SM. Should C-reactive protein be added to metabolic syndrome and to assessment of global cardiovascular risk? Circulation2004;109:2818-2825.

Ref. 2: Srikanthan K, Feyh A, Visweshwar H, Shapiro JI, Sodhi K. Systematic Review of Metabolic Syndrome Biomarkers: A Panel for Early Detection, Management, and Risk Stratification in the West Virginian Population. Int J Med Sci2016;13:25-38.

睡眠障害と認知症

ぐっすり眠ることが大事なことは直感的に理解できます。睡眠不足は生活の質をそこない、肥満や高血圧、心血管系疾患など生活習慣病になりやすくします。最高の睡眠にとってもっとも重要なことは「最初の90分」をしっかり深く眠ることがです。「最初の90分」をしっかり深く眠ることで、良質の睡眠をえることができます[注1] 。睡眠は量(=睡眠時間)よりも質が大事であると考えられています(7-8時間は寝たほうがいいと思いますが----)。もう一つ大事なことは、質の良い睡眠の日内リズムを得るためには寝る時間よりも起きる時間を決めた方が良いということです。起床する時間を決めて、起きたら朝日を浴びて、そこから1日をスタートさせて日内リズムを作ってしまうのです。日内リズムを乱さないためにも昼寝は20分以内にした方が良いと言われています。

 

2日間徹夜すると「注意力」や「集中力」は急激に低下します。6時間くらい眠れば大丈夫だと思っていても、「6時間睡眠を2週間続けた脳は、2晩徹夜したのとほぼ同じ状態」であるといいます。わずかな睡眠不足が、まるで借金のようにじわじわ積み重なる「睡眠負債」は無視できない健康被害をもたらします[注2] 。

 

一般住民1517名を約10年追跡し、睡眠時間と認知症発症との関連を見た成績があります(久山町研究)[Ref. 1] 。追跡期間中に294人が認知症を発症しました。睡眠時間が5時間未満と10時間以上で認知症の発症率と死亡率が増加するU字型の関係がありました。アルツハイマー病と血管性認知症に分けて見ても同様にU字型の関係を示していました。また、睡眠薬を服用していたヒトでも認知症発症率と死亡率が高くなっていました。睡眠と認知機能との関連では、一般住民740名(平均年齢75歳、613名[82.8%] は認知機能正常)について調査し、3年間追跡した報告があります[Ref. 2] 。睡眠時間に加えて「寝つきが悪いか?」「夜中に目がさめるか?」「(睡眠障害のため)昼間眠たいか?」などについて質問しています。教育歴で補正した認知機能検査の点数低下と関連していたのは、認知機能正常者で「夜中に目がさめる」という項目でした。単に睡眠時間だけの問題ではなく、睡眠の質が悪いと認知症になりやすいのでしょうか?

 

“財産は睡眠中に創られる” “苦労は夢とともに消える” [注3]

 

注1:「スタンフォード式 最高の睡眠」(西野精治著、サンマーク出版)は、科学的根拠にもとづいて、より良く眠る方法について書かれています。

注2:どうすれば返済? コワ〜イ睡眠負債NHKあさイチ 2017年9月4日放送)

注3:夏への扉ロバート・A・ハインライン、福島正美[訳]、ハヤカワ文庫)

Ref. 1: Ohara T, Honda T, Hata J, Yoshida D, Mukai N, Hirakawa Y, Shibata M, Kishimoto H, Kitazono T, Kanba S, Ninomiya T. Association Between Daily Sleep Duration and Risk of Dementia and Mortality in a Japanese Community. J Am Geriatr Soc2018;66:1911-1918.

Ref. 2: Johar H, Kawan R, Emeny RT, Ladwig KH. Impaired Sleep Predicts Cognitive Decline in Old People: Findings from the Prospective KORA Age Study. Sleep2016;39:217-226.