アルコール関連障害によってもたらされる認知症の実態

最近発表された認知症の危険因子に関する生涯モデル[Ref. 1] では、アルコールについては触れられていませんでした。アルコールと健康全般もしくは認知症との関係は非常に複雑です。アルコールには直接的神経毒性があり、またチアミンビタミンB1)欠乏による脳障害(ウェルニッケ・コルサコフ症候群)を引き起こすこともあります。重度の飲酒はてんかんや脳外傷、肝性脳症の原因ともなります。さらに血管危険因子を介して、血管性認知症の間接的原因ともなります。

 

フランスにおいて行われた全国規模の後ろ向き研究の結果が報告されています[Ref. 2] 。2008年から2013年に入院した20歳以上の31,624,156例を解析したもので、病院へのアクセスが良いフランスでは、この期間に65歳以上の80%が入院したとのことです。コックス比例ハザードモデルにおいて、アルコールはもっとも強力な修飾可能な危険因子でした[注1] 。特に65歳以前に診断された早期発症の認知症では、6割近くのヒトにアルコール関連脳障害やアルコール関連疾患の診断がついていました。ここでいうアルコール関連障害はアルコール依存症など重度の症例が多いと推測されていますが、認知症の予防には飲酒量を減らすことが重要であることを再認識すべきでしょう。

 

注1:多変量調整したハザード比と95%信頼区間は、女性で3.34(3.28—3.41)、男性で3.36(3.31—3.41)でした。

 

Ref. 1: Livingston G, Sommerlad A, Orgeta V, Costafreda SG, Huntley J, Ames D, Ballard C, Banerjee S, Burns A, Cohen-Mansfield J, Cooper C, Fox N, Gitlin LN, Howard R, Kales HC, Larson EB, Ritchie K, Rockwood K, Sampson EL, Samus Q, Schneider LS, Selbæk G, Teri L, Mukadam N. Dementia prevention, intervention, and care. Lancet2017;390:2673-2734.

 

Ref. 2: Schwarzinger M, Pollock BG, Hasan OSM, Dufouil C, Rehm J; QalyDays Study Group. Contribution of alcohol use disorders to the burden of dementia in France 2008-13: a nationwide retrospective cohort study.Lancet Public Health 2018;3:e124-e132.

長時間労働によって増加する脳卒中

多くの研究結果をまとめたメタアナリシス(1つの論文と16もの未出版研究を解析)から、週に55時間以上働くと標準的な労働時間(週36〜40時間)と比較して脳卒中の発症リスクが1.3倍となっていました [Ref. 1] 。長時間の労働によるストレス反応が脳卒中の引き金となるのかもしれません。また、長時間座ったままで仕事をしているなど、身体活動度の低下も脳卒中のリスクとなります。長時間労働では過度の飲酒—これはすべての脳卒中病系の危険因子です—となる傾向も指摘されています [Ref. 2] 。

 

君はまだ残業しているのか [注1] 。

 

注1:吉越浩一郎、PHP文庫

 

Ref. 1: Kivimäki M, Jokela M, Nyberg ST, Singh-Manoux A, Fransson EI, Alfredsson L, Bjorner JB, Borritz M, Burr H, Casini A, Clays E, De Bacquer D, Dragano N, Erbel R, Geuskens GA, Hamer M, Hooftman WE, Houtman IL, Jöckel KH, Kittel F, Knutsson A, Koskenvuo M, Lunau T, Madsen IE, Nielsen ML, Nordin M, Oksanen T, Pejtersen JH, Pentti J, Rugulies R, Salo P, Shipley MJ, Siegrist J, Steptoe A, Suominen SB, Theorell T, Vahtera J, Westerholm PJ, Westerlund H, O'Reilly D, Kumari M, Batty GD, Ferrie JE, Virtanen M; IPD-Work Consortium. Long working hours and risk of coronary heart disease and stroke: a systematic review and meta-analysis of published and unpublished data for 603,838 individuals. Lancet 2015;386:1739-1746.

 

Ref. 2: Virtanen M, Jokela M, Nyberg ST, Madsen IE, Lallukka T, Ahola K, Alfredsson L, Batty GD, Bjorner JB, Borritz M, Burr H, Casini A, Clays E, De Bacquer D, Dragano N, Erbel R, Ferrie JE, Fransson EI, Hamer M, Heikkilä K, Jöckel KH, Kittel F, Knutsson A, Koskenvuo M, Ladwig KH, Lunau T, Nielsen ML, Nordin M, Oksanen T, Pejtersen JH, Pentti J, Rugulies R, Salo P, Schupp J, Siegrist J, Singh-Manoux A, Steptoe A, Suominen SB, Theorell T, Vahtera J, Wagner GG, Westerholm PJ, Westerlund H, Kivimäki M. Long working hours and alcohol use: systematic review and meta-analysis of published studies and unpublished individual participant data. BMJ 2015;350:g7772.

なぜ夢を見るのか?

臨床医学の観点から、「夢」について解説されています[注1] 。夢という魅力的な言葉から何を連想するでしょうか、明るい未来の予感でしょうか?実はそうではなくて、夢は昨日の意識活動の名残を清算し、翌日に備えるためのものです。一晩に5回あると言われる夢—レム睡眠の時に発生する—の多くは記憶に残りません。夢の目的は私たちの意識に情報を上げることではないのです。意識が正常に働くためには、昨日もしくは最近の—ざわめいた—葛藤を消化し解毒しなくてはいけません。夢は脳において睡眠中に意識の「解毒と回復」を行なうものなのです。

 

注1:Berezin RA. Why Do We Dream? Medscape (May 18, 2018).

https://www.medscape.com/viewarticle/896575 June 3, 2018

健常高齢者におけるアパシーについて

アパシーとは、認知機能障害や感情的動揺、意識障害などによらない「一次的」なやる気の低下を意味します。「自発的目的行動の減少」という行動としてとらえる立場もあります。高齢者に時にみとめられる「うつ」の中には、実際は白質病変など脳小血管病に由来するアパシーがその本質であるという意見があります。英国の研究グループは脳小血管病に伴う「うつ」—つまり血管性うつ病—に関する一連の研究において、うつとアパシーを区別して構造方程式モデリングにより解析し、白質病変によってもたらされるのはアパシーであり、うつではないことを示しています[Ref. 1] 。オランダでの一般住民において、うつよりもアパシー認知症の発症に関連していたという成績が示されていて[Ref. 2] 、今後は高齢者のアパシーが潜在性能病変や認知症発症との関連という観点から、より重要視されていくと思われます。

 

 

Ref. 1: Hollocks MJ, Lawrence AJ, Brookes RL, Barrick TR, Morris RG, Husain M, Markus HS. Differential relationships between apathy and depression with white matter microstructural changes and functional outcomes. Brain 2015;138:3803-3815. 

 

 

Ref. 2: van Dalen JW, Van Wanrooij LL, Moll van Charante EP, Richard E, van Gool WA. Apathy is associated with incident dementia in community-dwelling older people. Neurology 2018;90:e82-e89.

植物性タンパク質で脳梗塞が、動物性タンパク質で脳出血が減少する

久山町住民2,587人(データ解析は2,400人)を対象として、食事中からのタンパク摂取量と脳卒中発症リスクの関係が、19年の追跡調査において明らかとなりました[Ref. 1] 。食事については70項目半定量的食物摂取質問表を用いています。植物性タンパク質が最も多い群(4分位)では虚血性脳卒中脳梗塞、期間中172例発症)のハザード比[注1] が0.60(95%信頼区間0.38-0.95)と有意に低下していました。一方、動物性タンパク質が多い群では脳出血(期間中58例発症)のハザード比が0.47(95%信頼区間0.23-0.96)と低下していました。植物性タンパク質摂取量は大豆を使用した食品との関連がもっとも強く、野菜や藻類との関連もみとめられました。動物性タンパク質摂取量は魚、次いで乳製品や肉、卵との関連が強く見られました。この結果からは植物性と動物性のタンパク質をバランスよく摂取することで、脳卒中の予防が可能であることを示唆しているようです(と著者らも結論しています)。

 

日本人のデータ:食事のタンパク質が多いと脳卒中のリスクが減少する。

 

注1:コックス比例ハザードモデルにより、年齢、性別、高血圧、糖尿病、総コレステロール、タンパク尿、心電図異常、体格指数、喫煙、飲酒、週3日以上の運動、総エネルギー摂取量で補正している。

 

Ref. 1: Ozawa M, Yoshida D, Hata J, Ohara T, Mukai N, Shibata M, Uchida K, Nagata M, Kitazono T, Kiyohara Y, Ninomiya T. Dietary Protein Intake and Stroke Risk in a General Japanese Population: The Hisayama Study. Stroke 2017;48:1478-1486.

精製されてない炭水化物は健康に良い(のか?)

一日350 gの野菜摂取目標をクリアすることは容易ではありません。腸内細菌のエサとなる水溶性食物繊維は一日5 g以上取った方が良いとされています。水溶性食物繊維が豊富な食材としてはボガド、ットウ、ボウ、ャガイモ、ンジン、カメ、ッキョウ、ジキ、メコ、ウイなどが紹介されています(アナ5時に笑ひ泣き)[注1] が、スーパー大麦は12 g加えるだけで、2 gの水溶性食物繊維をとることができます。このような食物繊維やビタミンB、微量ミネラルが豊富な「精製してない」穀物は心血管系疾患を予防するのでしょうか?

 

最近のメタアナリシスでは、無精白の炭水化物を多く摂取すると全死亡率、心血管系疾患による死亡率(相対危険度0.82、95%信頼区間0.79 –0.85)、癌による死亡率が低下することが示されています[Ref. 1] 。また別のメタアナリシスでは、精製しない穀物摂取により虚血性心疾患、心血管系疾患、がん、全死亡率、呼吸器疾患、感染症、糖尿病など多くの疾患の発症および死亡率が減少していました[Ref. 2] 。脳卒中の相対危険度は0.88(95%信頼区間0.75 - 1.03)と、精製しない穀物摂取の多量摂取群は定摂取群に比べて脳卒中が減少する傾向を認めました。津川さんの本に書かれているように「白い炭水化物」は体に悪いが、精製されていない「茶色い炭水化物」は食物繊維や栄養成分が豊富で、健康に(特に動脈硬化を抑制して)良いようです[注2] 。しかしながら。脳卒中と虚血性心疾患を分けて報告しているものが少ないため、「茶色い炭水化物」が脳卒中を予防するのかについては明確ではありません。

 

食事の内容と体重の変化(肥満)との関係を見た報告では[Ref. 3] 、体重増加と関連が強い順に、食物ではポテトチップス、ポテト、加工した肉、加工しない赤身肉、バター、デザートなど甘いもの、精製した穀類、飲料では砂糖で甘くした飲料、100%フルーツジュースなどでした。逆に体重減少と関連があったのは、野菜、ナッツ、全粒、果物、ヨーグルトでした。

 

炭水化物に限って言えば、精製された炭水化物は体に悪いのか、精製されてない炭水化物は体に良いとまで言えるのか、大変悩ましいところです。特に、脳への影響についてはエビデンスが少ないようです。

 

注1:食物繊維レボリューション NHKあさイチ 2018725日放送

 

注2:世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事 (津川祐介著、東洋経済新報社刊)

 

Ref. 1: Zong G, Gao A, Hu FB, Sun Q. Whole Grain Intake and Mortality From All Causes, Cardiovascular Disease, and Cancer: A Meta-Analysis of Prospective Cohort Studies. Circulation2016;133:2370-2380.

 

Ref. 2: Aune D, Keum N, Giovannucci E, Fadnes LT, Boffetta P, Greenwood DC, Tonstad S, Vatten LJ, Riboli E, Norat T. Whole grain consumption and risk of cardiovascular disease, cancer, and all cause and cause specific mortality: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective studies. BMJ2016;353:i2716.

 

Ref. 3: Mozaffarian D, Hao T, Rimm EB, Willett WC, Hu FB. Changes in diet and lifestyle and long-term weight gain in women and men. N Engl J Med2011;364:2392-404. 

海馬の萎縮と認知症

認知症は治療も予防もできないと考えられてきましたが、最近は「9因子の制御により認知症の35%は予防可能である」というように、予防を重視するようになってきています。アルツハイマー病で最も早期に萎縮する脳の領域は海馬であり、「海馬の萎縮」を手がかりとして認知症の予防や治療を考えてみてはどうでしょうか。

 

認知症の危険因子(もしくは防御因子)や遺伝的素因としてのアポリポプロテインEの遺伝子型などのうち多くの因子すなわち、糖尿病、高血圧、慢性腎臓病、飲酒、短い教育歴、うつ、難聴、身体活動や知的活動の不活発などが海馬の萎縮と関連しています。アルツハイマー病や進行の早い軽度認知障害では、アポリポプロテインEの遺伝子型により海馬萎縮が早いと言われていますが、むしろ脳アミロイド沈着のあるもので海馬萎縮が起こっているという報告もあります。

 

海馬は記憶をつかさどり、自覚的なもの忘れ—気のせいなのか?—についても、海馬が萎縮すると(ごく初期の症状としての)自覚的物忘れが起こると指摘した報告もあります。ここから進行すると記憶力が(客観的にも)低下し、さらに記憶力以外の脳機能も低下すると認知症となります。

 

海馬の萎縮がないことは、脳が健康であることの一つの目安と言えるのではないでしょうか。