地中海食は脳卒中を予防する—観察研究

英国で行われた観察研究でも地中海食の脳卒中予防効果がみとめられています。40歳から79歳までの一般住民23,232人を17.0年間追跡し、地中海食スコア[注1] と脳卒中発症の関連をコックス比例ハザードモデル[注2] により解析しています。その結果、地中海食スコアが高い群では脳卒中のリスクが低下していました。地中海食スコア高得点では低得点(4分位)に対して、モデル3でのハザード比は0.83(95%信頼区間0.74-0.94)でした。この地中海食の脳卒中予防効果は女性にのみ有意にみられました。

 

注1:地中海食で「保護的」な項目—果物、ナッツ、野菜、豆類、シリアル、魚、不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比—を男女別の中央値以上摂取している場合には1点を、乳製品・肉・卵は少ない場合に1点を加算しています。アルコールに関しては女性で4.4-21.9単位/週、男性で8.8-43.7単位/週の範囲内の場合のみに1点とします。高得点なほど「地中海食的」として点数化しています。

注2:多変量調節のための全共変量(モデル3)は、性別・年齢・体格指数・教育歴・身体活動度・喫煙・物を持ってない指標・摂取カロリー・飲酒・総コレステロール・追跡開始時の心筋梗塞や糖尿病・脳卒中心筋梗塞の家族歴・収縮期血圧・降圧薬・3ヶ月以上のアスピリン服用です。

Ref. 1: PatersonKE, Myint PK, Jennings A, Bain LKM, Lentjes MAH, Khaw K-T, Welch AA.Mediterranean Diet Reduces Risk of Incident Stroke in a Population With Varying Cardiovascular Disease Risk Profiles.Stroke2018;49:2415–2420, 

健康的な食事による海馬萎縮の防止

10,308人のコホートからランダムに選択した550人(最終解析は459人)について、半定量的食事質問票により食事の「健康度」を評価し、約11年後の海馬容積をMRIにより定量化しています[Ref. 1] 。食事スコアが1標準偏差「よくなる」毎に海馬容積は92.5 mm3(モデル3)増大していました。この傾向は特に左の海馬で顕著でした。この研究では、食事スコア内の各項目[注2] ではアルコール(が少ない食事)のみが海馬の容積増大と関連がありました。この結果は著者らの以前の論文[Ref. 2] とも一致するものでした。あまりにも当たり前な言い方ですが、「健康的な食事」は「脳の健康」に良いことを示しています。

 

注1:海馬容積と食事スコアとの相関は、年齢・性別・エネルギー摂取量(モデル1)、モデル1に加えて職業・身体活動度・喫煙・心臓関連代謝疾患(モデル2)、さらに認知機能障害やうつ症状(モデル3)により多変量調節している。

注2:食事スコアの各項目は、野菜・果物・全粒・ソーダやフルーツジュース・ナッツや豆・加工もしくは赤身の肉・トランス脂肪酸・長鎖ω3脂肪酸・多価不飽和脂肪酸・食塩・アルコールとなっています。

Ref. 1: Akbaraly T, Sexton C, Zsoldos E, Mahmood A, Filippini N, Kerleau C, Verdier JM, Virtanen M, Gabelle A, Ebmeier KP, Kivimaki M. Association of Long-Term Diet Quality with Hippocampal Volume: Longitudinal Cohort Study. Am J Med 2018 (in press).

Ref. 2: TopiwalaA, AllanCL, Valkanova V, Zsoldos E, Filippini N, Sexton C, Mahmood A, Fooks P, Singh-Manoux A, Mackay CE, Kivimäki M, Ebmeier KP. Moderate alcohol consumption as risk factor for adverse brain outcomes and cognitive decline: longitudinal cohort study. BMJ2017;357:j2353.

アミロイドβ抗体によるアルツハイマー病の治療

アミロイドはアルツハイマー病が発症するかなり前から脳内に沈着し始め、その後の病気進展のきっかけとなります。したがってアミロイドに対するモノクローナル抗体を投与して、脳内のアミロイドを除去すれば、アルツハイマー病の発症を抑えることができると考えられます。これまでに行われたいくつかの研究の結果がまとめられています[Ref. 1] が、アミロイドに対するモノクローナル抗体の有効性を示したものは残念ながらありませんでした(現在進行中の研究もいくつかあります)。アミロイドに対するモノクローナル抗体の副作用としての脳浮腫の問題や、そもそもこの抗体が脳内に移行するのかという疑問(およそ0.1%しか血液脳関門を通過しない)、アルツハイマー病が発症する前(より早く)に投与しなくては効果がないのではなどなど、現時点では解決されてない課題もあります。アミロイドに対するモノクローナル抗体によるアルツハイマー病の治療は今のところ期待はずれのようです [注1] 。

 

注1:有望視されていたアミロイドに対するヒトモノクロナール抗体アズカヌマブの臨床治験が20193月に中止されたことで、失望感が広まっています。中止の理由は、安全性の問題ではなく、効果がないからということのようです。

Ref. 1:van Dyck CH.Anti-Amyloid-β Monoclonal Antibodies for Alzheimer's Disease: Pitfalls and Promise. Biol Psychiatry2018;83:311-319.

家庭血圧測定が役に立つ というか必須

近年では高血圧の診断および治療を決定する前に家庭血圧を測定することになっています。治療開始の決定や降圧剤の増減の判断のためには、1日2回、4-7日の家庭血圧測定が必要ですが、長期間の観察には週に1-2回の測定で十分でしょう[Ref. 1] 。家庭血圧は起床時と就寝前に測定することが多いですが、朝の血圧の方が諸条件を一定にしやすいと考えられます。起床時の家庭血圧測定は、起床後なるべく早く(1時間以内)、排尿後、朝食や服薬の前で、必ず1-2分間の安静後に測るようにしましょう。病院や診療所で測定した血圧値よりも家庭血圧の方が将来の脳卒中の発症を予測する上で有用なことがわかっています[Ref. 2] 。カナダのバンクーバーで家庭血圧と認知機能の関係を調べた研究では、収縮期血圧の高値と脈圧の拡大があると処理速度や遂行機能、「日常の」認知機能が不良でしたが、外来血圧と相関があったのは「日常の」認知機能のみでした[Ref. 3] 。認知機能の評価においても家庭血圧は良い指標のようです。

 

Ref. 1: O'Brien E, Dolan E, Stergiou GS. Achieving reliable blood pressure measurements in clinical practice: It's time to meet the challenge. J Clin Hypertens2018;20:1084-1088.

Ref. 2: Asayama K, Ohkubo T, Kikuya M, Metoki H, Hoshi H, Hashimoto J, Totsune K, Satoh H, Imai Y. Prediction of stroke by self-measurement of blood pressure at home versus casual screening blood pressure measurement in relation to the Joint National Committee 7 classification: the Ohasama study. Stroke2004;35:2356-2361.

Ref. 3: Yeung SE, Loken Thornton W. "Do it-yourself": Home blood pressure as a predictor of traditional and everyday cognition in older adults. PLoS One2017;12:e0177424. 

ビンスワンガー病について

ビンスワンガー病というのは広汎な白質病変が特徴的で、多発性のラクナ梗塞を伴う血管性認知症の一種です。白質病変とラクナ梗塞の組み合わせということでは、血管性認知症もしくは血管性認知障害の典型的な病型とも言えます。自験例を提示します。この症例(64歳、男性)は、30歳の時に高血圧が見つかっています(拡張期血圧が100〜110 mmHgとかなり高かった)。45歳の時に突然右の片麻痺が出現し、1ヶ月ほどで軽快しました。緩徐に進行してきた認知症の精査のために59歳の時に大学病院内科に入院しました。訪室すると仰向けに寝そべって、意識も身体機能にも問題ないのに、動かない、静か、ボーとした印象を受けました—今となって考えるとアパシーだったのでしょう(当時はアパシーという言葉を知りませんでした)。血圧158/102 mmHgと高血圧があり、右半身にほとんど分からないくらいの軽い麻痺がみとめられました。退院後は高血圧の治療を外来で続けて、特に変わったことはありませんでしたが、妻によると「だんだん静かになり、外出しなくなった」とのことでした。64歳の時にポジトロンCTを含む再評価を行いました。ポジトロンCTでは、脳血流と酸素代謝は共に病変のある深部白質領域で低下し、さらに明らかな異常のない大脳皮質前頭葉領域でも低下していました。

 

ビンスワンガー病で認知機能が低下する機序は、広汎な白質病変(と多発性ラクナ梗塞)により神経伝達が障害され(機能的離断と言います)、脳梗塞などの病変がない大脳皮質の機能が低下することです[Ref. 1] 。さらに認知症発症以前にポジトロンCTを行なうと、深部白質領域に脳血流は低下していても、(血液中から酸素を取り込む割合[酸素抽出率] を上げて)かろうじて酸素代謝は保たれている領域—貧困灌流と言います—が見られることがあります。この貧困灌流の状態で長く持ちこたえることはできないので、やがて深部白質領域は虚血障害の状態となり、機能的離断により大脳皮質—特に前頭葉—の機能が低下し、血管性認知障害となります[Ref. 2] 。

 

一つの大きな疑問は、全く認知症の無い健常高齢者でも2%くらいの頻度で(ビンスワンガー病と言ってよいほどの)広汎な白質病変があることです。このような広汎な白質のある健常高齢者では、ラクナ梗塞の合併頻度は少なく、深部白質や前頭葉の脳血流は低下していません[Ref. 3] 。つまり健常高齢者の「広汎な白質病変」は—MRI画像上ではビンスワンガー病と区別できなくても—虚血性ではないのです。

 

最近、深部白質病変が中等度以上の群(おおよそビンスワンガー病に近い)では、軽度以下の群と比較して、脳血流がまず減少し、酸素抽出率は上昇するも、酸素代謝もやや減少していることが示されています(貧困灌流)[Ref. 4] 。このような脳循環代謝の異常は血行力学的に脆弱な半卵円中心部にみとめられています。長期間持続した高血圧があると、主要な血管支配領域の「はざま」で脳循環が障害されやすく、白質病変を生じるのでしょう。ここで循環器病研究センターが貧困灌流の検出に成功したのは、ラクナ梗塞があることが前提条件のため、「虚血性」の白質病変に絞ることができた—健常高齢者は普通この病院には来ない—ことが一つの理由と思われます。

 

Ref. 1: Yao H, Sadoshima S, Kuwabara Y, Ichiya Y, Fujishima M. Cerebral blood flow and oxygen metabolism in patients with vascular dementia of the Binswanger type.Stroke1990;21:1694-1699.

Ref. 2: Yao H, Sadoshima S, Ibayashi S, Kuwabara Y, Ichiya Y, Fujishima M. Leukoaraiosis and dementia in hypertensive patients.Stroke1992;23:1673-1677.

Ref. 3: Yao H, Yuzuriha T, Fukuda K, Matsumoto T, Ibayashi S, Uchimura H, Fujishima M. Cerebral blood flow in nondemented elderly subjects with extensive deep white matter lesions on magnetic resonance imaging. J Stroke Cerebrovasc Dis2000;9:172-175. 

Ref. 4:Nezu T, Yokota C, Uehara T, Yamauchi M, Fukushima K, Toyoda K, Matsumoto M, Iida H, Minematsu K. Preserved acetazolamide reactivity in lacunar patients with severe white-matter lesions: 15O-labeled gas and H2O positron emission tomography studies. J Cereb Blood Flow Metab2012;32:844-850.

飲酒と脳卒中—メタアナリシス

小量から中等量の飲酒(1〜2単位/日、ここでは1単位=エタノール12 g)は心血管系疾患に対して保護的に作用するのではないかという報告がありますが、観察研究から結論を得るのは困難です。適量の飲酒では善玉HDLコレステロールが増加し、インスリン感受性が良好となり、フィブリノーゲン(凝固因子)や炎症が軽減したりします。しかし一方では飲酒により血圧は上昇します。また、脳塞栓症の原因となる心房細動は飲酒により増加します。疫学研究の性格上、脳卒中の病型(脳梗塞脳出血くも膜下出血)を区別して解析したものが少ないといった事情もあり、飲酒と脳卒中との関係は必ずしもすべてが明らかとなっているわけではありません。

 

最近、27の研究をまとめたメタアナリシスが行なわれました[Ref. 1] 。脳梗塞に関しては、小量から中等量の飲酒では相対危険度は有意に低下し、それ以上の飲酒量では相対危険度は有意に上昇していました。一方、脳出血くも膜下出血では小量から中等量の飲酒の保護効果はなく、大量飲酒では(>4単位/日)相対危険度は有意に上昇していました。この結果からは飲酒の脳卒中に対する影響は、脳卒中の病型で異なると言えるようです。しかしながら脳卒中の中で多数派である脳梗塞に対して、適量のお酒が良い効果を及ぼすのかについて、観察研究から因果関係を証明することはできません。十分に今日変量を多変量解析により調整した観察研究からは因果関係を主張して構わないと思いますが、メタアナリシスに用いた個々の研究について「十分に多変量調整ができている」ことを確認するのは困難でしょう[注1] 。したがってまだ明確な結論が得られたとは言えないようです。

 

注1:例えばこのメタアナリシスの論文でも「(メタアナリシスに用いた)ほとんどの研究において、年齢や性別、喫煙、体格指数、糖尿病など主要な因子について調整している」との記載があるが、脳卒中の最大の危険因子である高血圧という言葉は書いてありません。

 

Ref. 1:Larsson SC, Wallin A, Wolk A, Markus HS. Differing association of alcohol consumption with different stroke types: a systematic review and meta-analysis. BMC Med2016;14:178.

潜在性脳梗塞があると認知症になりやすい(どれだけ?)

脳梗塞(特に脳小血管病によるラクナ梗塞)があっても、脳卒中の症状が出ることは意外と少ないことが知られています。しかしながらこのような小さな病変によって認知機能は障害され、認知症の発症は増加すると考えられています。脳MRIを用いて、多数例を追跡し、MRI上の脳梗塞の発症と認知機能の関連を検討した報告があります[注1] 。

 

一般住民2612人(41%が男性、平均年齢74.6歳)の脳MRI検査において、脳梗塞は31%に、脳卒中の既往は5.4%に認められました。この集団を平均5.2年追跡し、その間に20.9%(545例、男性では26.4%、女性では17.0%)にMRI上の脳梗塞の新規発症がありましたが、脳卒中として症状が出たのは6.8%(545例中37例)だけでした。あらかじめ脳梗塞があって、そこにMRI上の脳梗塞が新規発症した群では認知機能の低下が(特に男性において)急速に起こり、認知症発症のリスクは1.7倍でした。

 

男性に脳梗塞が多いという結果は年齢、MRIの検査間隔、血管危険因子などで多変量調節したものですので、脳梗塞に対して男性は脆弱であるのか、逆に女性は保護されているのかという生物学的性差の存在が示唆されます。しかしながら、認知機能や認知症の発症に対しては脳梗塞があって、さらにMRI上の脳梗塞が新規発症するということがもっとも重要です。また、ほとんどの「新規発症」のMRI上の脳梗塞は症状がないので、MRI検査をしないと検出できません。

 

脳はMRI検査をしないと何も分からないことが分かりました。

 

注1:Age Gene/Environment Susceptibility(AGES)-Reykjavik 研究

 

Ref. 1: Sigurdsson S, Aspelund T, Kjartansson O, Gudmundsson EF, Jonsdottir MK, Eiriksdottir G, Jonsson PV, van Buchem MA, Gudnason V, Launer LJ. Incidence of Brain Infarcts, Cognitive Change, and Risk of Dementia in the General Population: The AGES-Reykjavik Study (Age Gene/Environment Susceptibility-Reykjavik Study). Stroke2017;48:2353-2360.