受動喫煙によって死亡率はかなり増加する

受動喫煙対策に関する岩田のコメントを盛大に引用する—(屋外まで禁煙にしようという受動喫煙対策失敗の)理由は簡単だ。受動喫煙健康被害の質の高いエビデンスは屋内での喫煙に関してのみで、その被害は家庭や職場、レストランやバーだからだ。外での喫煙者が他者に健康被害をもたらす可能性はないか、あっても非常に小さい [注1] 。

 

中国の喫煙経験のない女性72,829人を平均5.7年追跡して、コックス比例ハザード回帰モデル [注2] により環境たばこ煙の弊害について解析した報告がある [Ref. 1] 。環境たばこ煙については、日常的に(毎日1本を6か月以上)「夫から/職場で/20歳以前に家族から」受動喫煙があったかを質問した。夫からの受動喫煙では全死亡(ハザード比と95%信頼区間は1.15 [1.01-1.31])と心血管系死亡(特に脳卒中)が増加し、職場での受動喫煙ではがん(特に肺がん)による死亡が増加していた。

 

間接的に吸煙したくらいではそれほど害はなかろう—ではなく、受動喫煙でも(近距離なら)これだけ悪いということは、直接喫煙すると「たばこはとてつもなく害がある」ということ。

 

注1:塩崎大臣の失敗と受動喫煙対策のあるべき姿 岩田健太郎 2017年06月22日(http://blogos.com/article/230338/

 

注2:死亡率を年齢の関数として、教育、職業、所得、身体活動度、体格指数、肉・野菜・果物の摂取量を共変量として調整

 

Ref. 1: Wen W, Shu XO, Gao YT, Yang G, Li Q, Li H, Zheng W. Environmental tobacco smoke and mortality in Chinese women who have never smoked: prospective cohort study. BMJ 2006;333:376.

認知症は減少している?!

高齢者の人口が増加しつづける社会では、当然のように認知症患者の数(有病率)は増加します [注1] が、認知症(の発症率)の減少を示すいくつかの報告があります。フラミンガム研究では [Ref. 1] 、認知症の発症率は1997-1983年の3.6/100人(5年累積発症率)から2004-2008年の2.0/100人へと直線的に減少していました(44%もの減少!)。認知症減少は、高校卒業以上の教育歴を持つものに限られていました。認知症の病型別では、血管性認知症が有意な減少を示していましたが、これは血管危険因子や脳卒中の減少では説明できませんでした。すなわち「認知症の発症率が減少しているのは(少なくともフラミンガムでは)確かなようだが、教育が普及したこと以外には格別な理由がみあたらない」ということです。平均年齢75歳ほどの約1万人について、電話による認知機能検査をおこない、2000年と2012年を比較した報告では、認知症の頻度は2000年が11.6%、2012年が8.8%と約24%減少していました [Ref 2] 。認知症のヒトが何人いるかも、もちろん大事ですが、新たに認知症になるヒトがどれくらいなのか(発症率)にもっと注目すべきです。発症率が減っていれば、認知症の予防ができている(もしくは予防可能性がある)ということだからです。何も考えずに、高齢者の人口増加×認知症の頻度=認知症増加という一種の判断停止に陥ってしまうと、認知症予防の可能性を見逃してしまうことになりかねません。

 

ひょいと後うしろを向いたあの馬は / かってまだ誰も見た事のないものを見た(中略)

それは、地球が、腕もとれ、脚もとれ、首もとれてしまった / 彫像の遺骸となり果てる時まで経っても / 人間も、馬も、魚も、鳥も、虫も、誰も、 / 二度とふたたび見ることの出来ないものだった。[注3]

この詩を高校の現代国語の授業で示された時のことを憶えています。クラスの反応は、「馬がみたものは(公害などにより)荒れ果てた地球のイメージ」といったものが多かったのですが、その大勢を占める発言に対しては違和感がありました。認知症

が増加しているのは明らかですが、「増加している、あたりまえだ」と言われると何か違和感があります。この「動作」といいうタイトルの詩で、馬が何を見たかは問題ではありません。作者が表現したかったのは、何かを見たかのような馬の「動作」だったのです。同様に、認知症の有病率(馬が何を見たのか)よりも、発症率(馬の動作)を読み取ることが大事ではないでしょうか。

 

最近、認知症が増加している(という注意喚起が増加中です)。ご注意ください。

 

注1:195の国と地域を調べた研究(the Global burden of Disease Study 2016)では、2016年の認知症は4380万人で、1990年と比較すると倍以上となっていました。その主な理由は高齢化と人口増加であると考えられています。この研究ではアルツハイマー病やその他の認知症の原因として4つの危険因子(肥満、空腹時血糖高値、喫煙、砂糖を含む飲料の多量摂取)を同定していますが、認知症の病型別の解析はなされていません。Cf. Lancet Neurol 2019;18:88-106.

注2:フラミンガム研究は、5209人の地域住民を対象として、1948年にアメリカ合衆国マッサーチュセッツ州フラミンガムで始まった—当初は心血管系疾患予防に特化した—疫学研究です。

注3:動作 (シュペルヴィエル堀口大学=訳、彌生書房)

Ref. 1:Satizabal CL, Beiser AS, Chouraki V, Chêne G, Dufouil C, Seshadri S. Incidence of Dementia over Three Decades in the Framingham Heart Study. N Engl J Med 2016;374:523-532.

Ref. 2: Langa KM, Larson EB, Crimmins EM, Faul JD, Levine DA, Kabeto MU, Weir DR. A Comparison of the Prevalence of Dementia in the United States in 2000 and 2012. JAMA Intern Med 2017;177:51-58.

 

認知症の危険因子としての食後高血糖

私たちはなぜ空腹(断食)の状態で血液検査を受けるのでしょうか?欧州動脈硬化学会と欧州臨床化学・臨床検査連盟は、通常の脂質検査(採血)は空腹時に行なう必要はないというコメントを発表しました [Ref. 1] 。その推奨項目はきわめて簡潔な表にまとめられています(表1)。さらに血糖値についても、空腹時血糖よりも食後高血糖—いわゆる「血糖値スパイク」—の重要性(危険性)が指摘されています [注1] 。

 

久山町研究において、糖尿病と認知症の因果関係が報告されていますが、この解析(多変量調節ハザード比)では糖負荷2時間後の血糖値—食後血糖に相当する—が認知症(全認知症アルツハイマー病、血管性認知症)と強力に関連していました [Ref. 2] 。空腹時血糖と認知症には有意な相関はありませんでした

 

私どもが行なっている脳MRI健診では、「朝食はとって、薬も普通に服用してから、来院するように」あらかじめ連絡しておき、採血前に「朝食をとってきたことを確認」するようにしています。

 

注1:NHKスペシャル “血糖値スパイク” が危ない(放送:2016年10月8日)

 

Ref. 1: Nordestgaard BG, Langsted A, Mora S, Kolovou G, Baum H, Bruckert E, Watts GF, Sypniewska G, Wiklund O, Borén J, Chapman MJ, Cobbaert C, Descamps OS, von Eckardstein A, Kamstrup PR, Pulkki K, Kronenberg F, Remaley AT, Rifai N, Ros E, Langlois M; European Atherosclerosis Society (EAS) and the European Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine (EFLM) Joint Consensus Initiative. Fasting Is Not Routinely Required for Determination of a Lipid Profile: Clinical and Laboratory Implications Including Flagging at Desirable Concentration Cutpoints-A Joint Consensus Statement from the European Atherosclerosis Society and European Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine. Clin Chem 2016;62:930-946.

 

Ref.2: Ohara T, Doi Y, Ninomiya T, Hirakawa Y, Hata J, Iwaki T, Kanba S, Kiyohara Y. Glucose tolerance status and risk of dementia in the community: the Hisayama study. Neurology 2011;77:1126-1134.

 

表1 主要な推奨点 (Ref. 1より)
通常の血漿脂質検査は空腹時に行なう必要はない
非空腹時の中性脂肪が440 mg/dLを越えた場合は空腹時の再検査を考慮する
異常値は適切に報告されるべきである*
生命に関わるような、もしくはきわめて高い値を示した場合は専門医へ紹介する
* 非空腹時の異常値として、中性脂肪≧175 mg/dL(空腹時の基準は≧150 mg/dL)、
コレステロール≧190 mg/dL、LDLコレステロール≧115 mg/dL、
HDLコレステロール≦40 mg/dLを推奨している。

腎臓と脳と認知機能

腎臓は体内の老廃物を尿として排出する以外にも実に多彩な機能を持ち、「人体ネットワーク」の要の役割を果たしている [注1] 。最近、腎臓は脳の働きにも影響を及ぼすことが明らかとなり、注目されている。

 

一般住民560人(女性が60%、平均年齢72歳)の脳MRI健診において、慢性腎臓病と認知機能 [注2] の関係について検討した報告がある [Ref. 1] 。腎機能と潜在性脳梗塞と認知機能の複雑な関係性は共分散構造分析 [注3] という統計手法を用いて解析された。予想通り腎機能低下は潜在性脳梗塞を介して遂行機能障害と関連があったが、腎機能低下が遂行機能障害と直接(潜在性脳梗塞と独立して)関連する経路もあった。この独立した経路の機序は不明であるが、腎臓が脳に及ぼす影響にはいろいろと想定外のことが多い。

 

腎臓の働きの多様性を理解するには、我々の脳(力)では現時点で不十分であるように思える。

 

注1:NHKスペシャル「人体」 “腎臓” があなたの寿命を決める(2017年10月1日)

 

注2:もっとも一般的な認知機能のスクリーニング検査であるミニメンタルテストと遂行(前頭葉)機能検査の一つであるストループテストを用いて認知機能を評価した。

 

注3:複数の重回帰分析(多変量解析)をネットワークで結んで、各因子どうしの関係とモデル全体の適合度を判断する統計解析の方法。最近では構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling [SEM] )ともいう。

 

Yao H, Araki Y, Takashima Y, Uchino A, Yuzuriha T, Hashimoto M. Chronic Kidney Disease and Subclinical Brain Infarction Increase the Risk of Vascular Cognitive Impairment: The Sefuri Study. J Stroke Cerebrovasc Dis 2017;26:420-424.

認知機能低下に関与する睡眠障害

2日間徹夜すると「注意力」や「集中力」は急激に低下する。6時間くらい眠れば大丈夫だと思っていても、「6時間睡眠を2週間続けた脳は、2晩徹夜したのとほぼ同じ状態」であるという。わずかな睡眠不足が、まるで借金のようにじわじわ積み重なる「睡眠負債」は無視できない健康被害をもたらす [注1] 。

 

一般住民740名(平均年齢75歳、613名 [82.8%] が認知機能正常)の睡眠と認知機能との関連について調査し、3年間追跡した報告がある [Ref. 1] 。睡眠時間に加えて「寝つきが悪いか?」「夜中に目がさめるか?」「(睡眠障害のため)昼間眠たいか?」などについて質問した。教育歴で補正した認知機能検査の点数低下と関連していたのは、認知機能正常者で「夜中に目がさめる」という項目であった。単に睡眠時間だけの問題ではなく、睡眠の質が悪いと認知症になりやすいのだろうか?

 

“財産は睡眠中に創られる” “苦労は夢とともに消える” [注2]

 

注1:どうすれば返済? コワ〜イ睡眠負債(NHKあさイチ 2017年9月4日放送)

 

注2:夏への扉ロバート・A・ハインライン、福島正美 [訳]、ハヤカワ文庫)

 

Ref. 1: Johar H, Kawan R, Emeny RT, Ladwig KH. Impaired Sleep Predicts Cognitive Decline in Old People: Findings from the Prospective KORA Age Study. Sleep. 2016;39:217-226.

ゆるやかな糖質制限によるダイエット

ダイエットとは(脂質を減らすことによる)カロリー制限のことと思い込んでいたが、それは「神話」でしかなかった。体重の適正化や糖尿病のコントロールには「糖質制限」がもっとも効果的であり、山田は「ゆるやかな糖質制限ロカボが人類を救う」と主張している [注1] 。要するに、(多くのヒトでは)糖質制限さえ適切に行なっておけば十分で、下手に脂質やタンパク質を制限すると何の効果もなく、逆に「低栄養」となるだけであると。

 

イスラエルで「どのような食事が肥満の解消に有効か?」というランダム化比較試験が行なわれた [Ref. 1] 。無作為に割り付けられた322名(86%は男性、平均年齢52歳、平均体重91.4 kg)の最終結果(2年後)は、低脂肪食で平均2.9 kg 、カロリー制限をした地中海食で平均4.4 kg、(わりと厳しい [注2] )炭水化物制限食で—総カロリー、タンパク、脂肪は制限しないにもかかわらず—平均4.7 kgの体重減少がみとめられた。初期の減量効果は糖質制限食で凄まじかったが、軽くリバウンドし、最終的には地中海食と大きな差はなかった。

 

「脂っこいものが悪い」「肉は食べるな」「リバウンドのためのダイエット」 無意味な努力

 

注1:糖質制限の真実 カロリー制限の大罪 (いずれも山田悟著、幻冬舎新書

 

注2:低炭水化物食群では、最初の2ヶ月は炭水化物を20 g/日とし、その後120 g/日としている。研究終了時に尿ケトン体が検出された例も同群に多かった(8.3%)。この食事はアトキンスダイエットに準じている。

 

Ref. 1:Shai I, Schwarzfuchs D, Henkin Y, Shahar DR, Witkow S, Greenberg I, Golan R, Fraser D, Bolotin A, Vardi H, Tangi-Rozental O, Zuk-Ramot R, Sarusi B, Brickner D, Schwartz Z, Sheiner E, Marko R, Katorza E, Thiery J, Fiedler GM, Blüher M, Stumvoll M, Stampfer MJ; Dietary Intervention Randomized Controlled Trial (DIRECT) Group. Weight loss with a low-carbohydrate, Mediterranean, or low-fat diet. N Engl J Med 2008;359:229-241.

地中海食は高齢者の認知機能を改善する

スペインで行われた研究 [注1] では、地中海食は有害事象の減少—特に脳卒中予防—に効果があった [Ref. 1] 。

 

この大規模研究の一部を用いて、地中海食の認知機能に及ぼす効果が検討された [Ref. 2] 。複数の血管危険因子をもつ「ハイリスク」の447名(55歳から80歳)をランダム化し、約5年間追跡した。エクストラバージンオリーブオイル(1週間で約1リットル)もしくはミックスナッツを毎日30グラム(くるみ15グラム、ヘーゼルナッツ7.5グラム、アーモンド7.5グラム)のいずれか(いずれも地中海食への指導を受けた)の介入を行ない、様々な認知機能検査を介入前後で行った。その結果、ナッツ群では記憶が、オリーブオイル群では前頭葉機能と全般的認知機能が改善していた(低脂肪食の教育を受けた対照群との比較)。予想通り介入群では(エクストラバージンオリーブオイルやミックスナッツに多く含まれる)フェノール酸やアルファリノレイン酸関連物質(脂肪酸=油の成分)が増加していた。

 

地中海食—良質の油(脂)の補給—は「脳を健康にする」!

 

[注1] The PREDIMED (Prevención con Dieta Mediterránea) trial

 

Ref. 1:Estruch R, Ros E, Salas-Salvadó J, Covas MI, Corella D, Arós F, Gómez-Gracia E, Ruiz-Gutiérrez V, Fiol M, Lapetra J, Lamuela-Raventos RM, Serra-Majem L, Pintó X, Basora J, Muñoz MA, Sorlí JV, Martínez JA, Martínez-González MA; PREDIMED Study Investigators. Primary prevention of cardiovascular disease with a Mediterranean diet. N Engl J Med 2013;368:1279-1290

 

Ref. 2:Valls-Pedret C, Sala-Vila A, Serra-Mir M, Corella D, de la Torre R, Martínez-González MÁ, Martínez-Lapiscina EH, Fitó M, Pérez-Heras A, Salas-Salvadó J, Estruch R, Ros E. Mediterranean Diet and Age-Related Cognitive Decline: A Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med 2015;175:1094-1103.