脳の健康に良いのは魚か肉か?

オーストラリアでの研究では、「不健康な」西洋の食事、つまり飽和脂肪酸(肉に多い脂)と精製した炭水化物(糖質)が多い食事では海馬(左)の容積が減少していました(年齢、性別、教育歴、うつ症状、身体活動度、血管危険因子で調節した多変量解析による) [Ref.1] 。

 

それでは魚の油(オメガ3不飽和脂肪酸)はどうでしょうか?米国で行われた2つの研究では、魚の摂取量と相関する赤血球中のオメガ3脂肪酸をはかってみると、オメガ3脂肪酸が低いと、脳全体や海馬が萎縮していました [Ref. 2, 3] 。つまり魚は多く食べた方が脳には良いようです。しかしながら、アルツハイマー病の患者にオメガ3脂肪酸を補給しても効果はありませんでした [Ref. 4] 。病気の状態になってしまう前に補給しないと効果がないのかもしれません。

 

さらに「日本人は動物性脂肪を摂取しても心臓病になりにくく、むしろ脳卒中からは保護されるだろう」と(1990年代後半に45から74歳だった日本人では)言われています [注1] 。

 

注1:糖質制限の真実 カロリー制限の大罪 (いずれも山田悟著、幻冬舎新書

 

Ref. 1: Jacka FN, Cherbuin N, Anstey KJ, Sachdev P, Butterworth P. Western diet is associated with a smaller hippocampus: a longitudinal investigation. BMC Med 2015;13:215.

 

Ref. 2 Tan ZS, Harris WS, Beiser AS, Au R, Himali JJ, Debette S, Pikula A, Decarli C, Wolf PA, Vasan RS, Robins SJ, Seshadri S. Red blood cell ω-3 fatty acid levels and markers of accelerated brain aging. Neurology 2012;78:658-664.

 

Ref.3 Pottala JV, Yaffe K, Robinson JG, Espeland MA, Wallace R, Harris WS. Higher RBC EPA + DHA corresponds with larger total brain and hippocampal volumes: WHIMS-MRI study. Neurology 2014;82:435-42.

 

Ref.4 Yassine HN, Braskie MN, Mack WJ, Castor KJ, Fonteh AN, Schneider LS, Harrington MG, Chui HC. Association of Docosahexaenoic Acid Supplementation With Alzheimer Disease Stage in Apolipoprotein E ε4 Carriers: A Review. JAMA Neurol 2017;74:339-347.

タバコは本数が少なくても危険!

有名な久山町研究では「喫煙は脳卒中のリスクを下げる」と聞いたことがあります。脳卒中になる前に(なることもできずに)肺がんや心筋梗塞で死んでしまうからというこのとのようです [注1] 。

 

55の論文(141のコホート研究)のメタアナリシス [Ref. 1] によると、1日1本のタバコを毎日吸ったとした時の虚血性心疾患のリスクは男性で48%、女性で57%、脳卒中のリスクは男性で25%、女性で31%増大し(非喫煙者との比較)、女性において悪影響が大きいという解析結果が示されています。1日20本の喫煙の場合のリスク過剰分の40〜50%が1日1本の喫煙でも生じるので、タバコは本数が少なければ良いとはとても言えない結果でした。

 

肺がんのリスクはタバコの本数と比例して(直線的に)増大します。一方、上記のメタアナリシスで示されたように虚血性心疾患や脳卒中のリスクは少量の喫煙でかなり増加して、その後頭打ちになります。がんと循環器系疾患では、喫煙による悪影響の様相が—特に喫煙量に関して—かなり異なるということは頭に入れておいた方が良いようです。

 

注1:論文となったものでは、やはり喫煙は脳卒中のリスクとなるようです。

Hata J, Doi Y, Ninomiya T, Fukuhara M, Ikeda F, Mukai N, Hirakawa Y, Kitazono T, Kiyohara Y. Combined effects of smoking and hypercholesterolemia on the risk of stroke and coronary heart disease in Japanese: the Hisayama study. Cerebrovasc Dis 2011;31:477-484.

 

Ref. 1: Hackshaw A, Morris JK, Boniface S, Tang JL, Milenković D. Low cigarette consumption and risk of coronary heart disease and stroke: meta-analysis of 141 cohort studies in 55 study reports. BMJ 2018;360:j5855. 

 

カレーは脳の健康に良いのか?

多数例の前向き観察研究からは、唐辛子(特に生の)により総死亡率と特定疾患(癌や虚血性心疾患、呼吸器疾患)による死亡が減少するということです。それならカレーも健康に良いのではと—直感的に—思うわけですが、カレー粉の成分であるクルクミンを腸から吸収しやすくした製剤とプラセボとのランダム化比較試験により、記憶力が改善することが(やっと)示されました [Ref. 1] 。

 

少し数字を見ていきたいと思います。試験開始時の記憶検査点数の平均値が約70点、標準偏差が約30、プラセボ群には改善が見られず、実薬群は90点ほどまでの改善効果があるとして、エフェクトサイズは(90−70)÷30≒0.67、変動係数は標準偏差÷平均値=30÷70≒0.43(43%)となります。厳密な「検出力」の計算はさておき、各群約20例でギリギリ有意差はでています(一般線形モデルで解析)。しかも—著者らも論文の考察で認めているように—少数例での解析であり、(ここがより重要ですが)多重検定の補正はしていません。つまりエンドポイントがたくさんありすぎて、どこかで(ここでは記憶の検査で)偶然有意差が出ただけなのかもしれないのです。予備的試験であるとは明記してあるのですが----

 

インド人に聞いてみたい —「カレーは脳に良いのか?

 

Ref. 1 Small GW, Siddarth P, Li Z, Miller KJ, Ercoli L, Emerson ND, Martinez J, Wong KP, Liu J, Merrill DA, Chen ST, Henning SM, Satyamurthy N, Huang SC, Heber D, Barrio JR. Memory and Brain Amyloid and Tau Effects of a Bioavailable Form of Curcumin in Non-Demented Adults: A Double-Blind, Placebo-Controlled 18-Month Trial. Am J Geriatr Psychiatry 2018;26:266-277.

耳が遠いと認知症になりやすい!

難聴があると軽度認知障害のリスクは1.30、認知症のリスクは2.39と有意に高い相対危険度となります(メタアナリシスの結果です) [Ref. 1] 。認知症の発症危険因子として、難聴は非常に注目されるようになってきています。(難聴が認知症につながる機序としては)耳からの信号・刺激が脳に届かなくなり、脳の一部が萎縮するため。また、聴力が低下することによって、会話がおっくうになり、人づきあい・コミュニケーションが減るから、などと考えられています [注1] 。

 

末梢性の聴力障害によって脳は萎縮するのか—について検討した報告があります [Ref. 2] 。56〜86歳の126名を平均6.4年間隔で脳MRIにより脳容積を測定しました。聴力正常の75名と聴力障害がある51名(難聴群)を比較すると、初回検査時には脳容積に差はありませんでしたが、その後の脳萎縮の速さは難聴群において早いことがわかりました(脳全体と右の側頭葉で有意差がありました)。

 

脳の健康のために耳を大切に—騒音を避けて、イヤホン・ヘッドフォンにも注意(最大音量の60%以内、1日60分以内に)しましょう!

 

注1:NHKあさイチ いつのまにか耳が老化・・・? (放送:2018年2月26日)

 

Ref. 1: Wei J, Hu Y, Zhang L, Hao Q, Yang R, Lu H, Zhang X, Chandrasekar EK. Hearing Impairment, Mild Cognitive Impairment, and Dementia: A Meta-Analysis of Cohort Studies. Dement Geriatr Cogn Dis Extra 2017;7:440-452.

 

Ref 2. Lin FR, Ferrucci L, An Y, Goh JO, Doshi J, Metter EJ, Davatzikos C, Kraut MA, Resnick SM. Association of hearing impairment with brain volume changes in older adults. Neuroimage 2014;90:84-92.

認知症発症におけるマタイ効果—社会経済的不均衡

社会経済状況(収入や教育)における格差は、脳卒中認知症といった「脳の健康」にも悪影響を及ぼしていて、一種の「マタイ効果」—持てる者はさらに与えられ、持たざる者は(そのわずかな)所有物をも奪われる—と言えるのではないでしょうか。

 

受けた教育や収入などの社会経済状況により認知症の発症率が左右されるという報告があります [Ref. 1] 。平均73.6歳の一般住民2,457人を12年間追跡し、その間449(18.3%)の認知症の発症をみとめています。社会経済状況としては、家族の所得、十分な家計状況か(ほどほどに足りているのか?)、教育期間と読み書き能力について検討しました。その結果、黒人は認知症発症のリスクが(白人と比較して)有意に高値でしたが、社会経済状況で補正すると有意差は消失しました [注1] 。つまり認知症発症のリスク要因として社会経済状況は強い影響を及ぼしていると考えられます。

 

「マタイ効果」のケセン語訳— [25:29] 誰(だん)でまアり、持ってだ人アはさらに持だせらイで有り余るぐなんべども、持ってねア者ア持ってだ物まで取(と)っ返(けア)される [注2] 。

 

注1:コックス比例ハザードモデルにより、アポリポプロテインE e4、併存疾患で調整した黒人の認知症発症のハザード比と95%信頼区間は白人に対して1.38 (1.14—1.67)でしたが、社会経済状況を共変量として追加すると1.09 (0.87—1.37)となりました。

 

注2:山浦玄嗣 ケセン語新約聖書【マタイによる福音書

 

Ref. 1: Yaffe K, Falvey C, Harris TB, Newman A, Satterfield S, Koster A, Ayonayon H, Simonsick E; Health ABC Study. Effect of socioeconomic disparities on incidence of dementia among biracial older adults: prospective study. BMJ 2013;347:f7051. 

スパイスは長生きの素

これまでに(2015年までに)分かっていること—スパイスとその主要活性物質が健康に良いことが実験や小規模の集団を対象とした研究で報告されています。スパイス消費量と死亡率に関する前向き試験は(その時点で [注1] )ありませんでした。

 

中国で行われた前向き調査では、スパイスにより死亡率が減少することが示されています [Ref. 1] 。この研究では、30〜79歳の男性199,293人と女性288,082人を中央値で7.2年追跡しました。その結果、一週間に1回未満のスパイス摂取と比較して、ほぼ毎日スパイスを摂取するヒトでは死亡のリスクが14%減少していました [注2] 。癌や虚血性心疾患、呼吸器疾患による死亡も同様に減少していました。

 

この研究で追加された新知見—他の危険因子とは独立して、スパイスにより総死亡率と特定疾患(癌や虚血性心疾患、呼吸器疾患)による死亡が減少する。

 

注1:現時点(2018年2月16日)でも (“spicy foods” OR curried food) AND mortalityをキーワードとして、PubMed検索してもこの論文以外に該当するものはないようです。

 

注2:コックス比例ハザードモデルにより、年齢、性別、教育歴、婚姻状態、飲酒、喫煙、身体活動度、体格指数、赤身の肉や果物、野菜の摂取量、追跡開始時の高血圧や糖尿病の有無、癌や心臓発作、脳卒中、糖尿病の家族歴により(当たり前ですが)多変量調整をしています。

 

Ref. 1: Lv J, Qi L, Yu C, Yang L, Guo Y, Chen Y, Bian Z, Sun D, Du J, Ge P, Tang Z, Hou W, Li Y, Chen J, Chen Z, Li L; China Kadoorie Biobank Collaborative Group. Consumption of spicy foods and total and cause specific mortality: population based cohort study. BMJ 2015;351:h3942.

「脳の健康」の最適化について

健康で長生きするためには脳の働きが保たれていること—脳の健康状態が良いこと—が必須です。健康な脳とは、まず血管性病変や変性疾患—脳卒中アルツハイマー病など—がない状態でしょう。高血圧や糖尿病、肥満、身体活動度低下、喫煙、うつなどの危険因子が脳の不健康に関与しています。認知機能を障害するものとしては、脳卒中は頻度の多いものですが、「潜在性」脳卒中は少なくとも5倍は症候性脳卒中より高頻度で、認知機能障害(特に遂行機能障害)やアパシーの原因となります。したがって、MRIによる潜在性病変の評価は脳の健康診断を行う上で最重要なもののひとつです。認知機能を評価するための短いスクリーニングテストも(脳の健康診断の一助として)推奨されています。アルツハイマー病予防の観点からは、身体活動度増加や血管危険因子の管理、健康的な食生活、生涯にわたる学習と脳の活性化などが提唱されています。教育は、高学歴が高い社会経済的状態をもたらすこともあって、高齢期の認知機能を良好にします。さらに脳の健康のためには、ヒトや社会との関わりを持つことや心のケアなども重要です。以上のような点を踏まえて、脳の健康増進のための多方面からのアプローチがまとめられています(AHA/ASA Presidential Advisory [Ref. 1] )。

 

全ての道は「脳の健康」へ通ず—何か宗教(一神教)みたいになってきましたが、いちいち科学的根拠があることです。

 

Ref. 1: Gorelick PB, Furie KL, Iadecola C, Smith EE, Waddy SP, Lloyd-Jones DM, Bae HJ, Bauman MA, Dichgans M, Duncan PW, Girgus M, Howard VJ, Lazar RM, Seshadri S, Testai FD, van Gaal S, Yaffe K, Wasiak H, Zerna C; American Heart Association/American Stroke Association. Defining Optimal Brain Health in Adults: A Presidential Advisory From the American Heart Association/American Stroke Association. Stroke 2017;48:e284-e303.