血管性アパシーという考え方

感情的動揺や認知機能障害、意識障害に起因しない一次的なやる気の低下をアパシーと称し、前頭葉基底核ネットワークの障害によると考えられています。アパシーうつ病の症状の一つでもありますが、うつ病に特有の精神運動制止・抑うつ気分は乏しく、しばしば病識の欠如があります。アパシーの診断基準として、新しく改訂されたものが提唱されています[Ref. 1] 。基準A:本人の以前のレベルと比較して、以下のB1-3.における自発的目的行動の減少があること。基準B:B1. 目的行動や認知活動の減少(以下のうち少なくとも1つがあること)1)自発的活動性低下、2)持続性の低下、3)選択することへの興味の減退や決定速度の遅延、4)ニュースなど外部での出来事や新しいことを始めることへの興味の減退、5)自身の健康や身だしなみに対する関心の低下。B2. 感情の減退(以下のうち少なくとも1つがあること)1)様々なことに対する自発的な感情表出の減少、2)出来事に対する感情表出の減少、3)自分の行動や気持ちが他者に与える影響についての無関心、4)他者の感情や気持ちに対する共感の減少、5)感情表現としての言語的・身体的反応の減少。B3. 社会との関わりの減少(以下のうち少なくとも1つがあること)1)社会的もしくは余暇の活動主導の減少. 2)他者から提案された社会的もしくは余暇の活動への参加の減少、もしくは心地よく活動できなかったり、無関心となる。3)家族に対する興味の減退、4)会話を始めることが少なく、すぐ会話を途切らしたりする. 5)外出して人に会おうとせず、家にいる時間が増える。基準C:AもしくはBの症状により臨床的に明らかな機能障害が生じていること。基準D:AもしくはBの症状が身体的障害や運動機能障害、意識障害、薬物による影響では説明できないこと。

 

アパシーは心血管系疾患と密接な関連があります。アパシーと区別が難しい高齢者のうつ病では、次のような特徴を有する1群があります。すなわち1)高頻度にMRI上の病変がある。2)神経心理学的異常—特に遂行機能障害—がみとめられる。3)抑うつ気分の乏しさと病識の欠如が特徴的である。4)抗うつ薬に対する治療抵抗性がある。このような特徴から、高齢者のうつ病の原因として血管性の要素があるのではないかという血管性うつ病仮説(vascular depression hypothesis)が提唱されています。この血管性うつ病アパシーの要素を多く含んでいます。最近、血管性うつ病仮説からさらに踏み込んで、一般住民のアパシーの成因として血管性の要素があるとする血管性アパシー仮説(vascular apathy hypothesis)が提唱されています[Ref. 2] 。アパシーと高血圧の関連はしばしば指摘されており、高血圧などの血管危険因子によって引き起こされた白質病変や脳微小出血によってアパシーが引き起こされている可能性があります。このことはアテローマ硬化を示唆する炎症やメタボリックシンドロームが深部白質病変に関与し、深部白質病変がアパシーに関与するという一般住民の成績からも支持されます[Ref. 3] 。現時点では多くの研究が断面調査であり不明の点も多いのですが、今後の検討により「血管性アパシー」という病態が一つの疾患単位として確立することが期待されます。

 

Ref. 1: Robert P, et al. Is it time to revise the diagnostic criteria for apathy in brain disorders? The 2018 international consensus group. Eur Psychiatry54:71-76, 2018 

Ref. 2: Wouts L, et al. Empirical support for the vascular apathy hypothesis: A structured review. Int J Geriatr Psychiatry35:3-11, 2020

Ref. 3: Yao H, et al. Low-Grade Inflammation Is Associated with Apathy Indirectly via Deep White Matter Lesions in Community-Dwelling Older Adults: The Sefuri Study. Int J Mol Sci20: E1905, 2019