耳が遠いと認知症になりやすい!

難聴があると軽度認知障害のリスクは1.30、認知症のリスクは2.39と有意に高い相対危険度となります(メタアナリシスの結果です) [Ref. 1] 。認知症の発症危険因子として、難聴は非常に注目されるようになってきています。(難聴が認知症につながる機序としては)耳からの信号・刺激が脳に届かなくなり、脳の一部が萎縮するため。また、聴力が低下することによって、会話がおっくうになり、人づきあい・コミュニケーションが減るから、などと考えられています [注1] 。

 

末梢性の聴力障害によって脳は萎縮するのか—について検討した報告があります [Ref. 2] 。56〜86歳の126名を平均6.4年間隔で脳MRIにより脳容積を測定しました。聴力正常の75名と聴力障害がある51名(難聴群)を比較すると、初回検査時には脳容積に差はありませんでしたが、その後の脳萎縮の速さは難聴群において早いことがわかりました(脳全体と右の側頭葉で有意差がありました)。

 

脳の健康のために耳を大切に—騒音を避けて、イヤホン・ヘッドフォンにも注意(最大音量の60%以内、1日60分以内に)しましょう!

 

注1:NHKあさイチ いつのまにか耳が老化・・・? (放送:2018年2月26日)

 

Ref. 1: Wei J, Hu Y, Zhang L, Hao Q, Yang R, Lu H, Zhang X, Chandrasekar EK. Hearing Impairment, Mild Cognitive Impairment, and Dementia: A Meta-Analysis of Cohort Studies. Dement Geriatr Cogn Dis Extra 2017;7:440-452.

 

Ref 2. Lin FR, Ferrucci L, An Y, Goh JO, Doshi J, Metter EJ, Davatzikos C, Kraut MA, Resnick SM. Association of hearing impairment with brain volume changes in older adults. Neuroimage 2014;90:84-92.

認知症発症におけるマタイ効果—社会経済的不均衡

社会経済状況(収入や教育)における格差は、脳卒中認知症といった「脳の健康」にも悪影響を及ぼしていて、一種の「マタイ効果」—持てる者はさらに与えられ、持たざる者は(そのわずかな)所有物をも奪われる—と言えるのではないでしょうか。

 

受けた教育や収入などの社会経済状況により認知症の発症率が左右されるという報告があります [Ref. 1] 。平均73.6歳の一般住民2,457人を12年間追跡し、その間449(18.3%)の認知症の発症をみとめています。社会経済状況としては、家族の所得、十分な家計状況か(ほどほどに足りているのか?)、教育期間と読み書き能力について検討しました。その結果、黒人は認知症発症のリスクが(白人と比較して)有意に高値でしたが、社会経済状況で補正すると有意差は消失しました [注1] 。つまり認知症発症のリスク要因として社会経済状況は強い影響を及ぼしていると考えられます。

 

「マタイ効果」のケセン語訳— [25:29] 誰(だん)でまアり、持ってだ人アはさらに持だせらイで有り余るぐなんべども、持ってねア者ア持ってだ物まで取(と)っ返(けア)される [注2] 。

 

注1:コックス比例ハザードモデルにより、アポリポプロテインE e4、併存疾患で調整した黒人の認知症発症のハザード比と95%信頼区間は白人に対して1.38 (1.14—1.67)でしたが、社会経済状況を共変量として追加すると1.09 (0.87—1.37)となりました。

 

注2:山浦玄嗣 ケセン語新約聖書【マタイによる福音書

 

Ref. 1: Yaffe K, Falvey C, Harris TB, Newman A, Satterfield S, Koster A, Ayonayon H, Simonsick E; Health ABC Study. Effect of socioeconomic disparities on incidence of dementia among biracial older adults: prospective study. BMJ 2013;347:f7051. 

スパイスは長生きの素

これまでに(2015年までに)分かっていること—スパイスとその主要活性物質が健康に良いことが実験や小規模の集団を対象とした研究で報告されています。スパイス消費量と死亡率に関する前向き試験は(その時点で [注1] )ありませんでした。

 

中国で行われた前向き調査では、スパイスにより死亡率が減少することが示されています [Ref. 1] 。この研究では、30〜79歳の男性199,293人と女性288,082人を中央値で7.2年追跡しました。その結果、一週間に1回未満のスパイス摂取と比較して、ほぼ毎日スパイスを摂取するヒトでは死亡のリスクが14%減少していました [注2] 。癌や虚血性心疾患、呼吸器疾患による死亡も同様に減少していました。

 

この研究で追加された新知見—他の危険因子とは独立して、スパイスにより総死亡率と特定疾患(癌や虚血性心疾患、呼吸器疾患)による死亡が減少する。

 

注1:現時点(2018年2月16日)でも (“spicy foods” OR curried food) AND mortalityをキーワードとして、PubMed検索してもこの論文以外に該当するものはないようです。

 

注2:コックス比例ハザードモデルにより、年齢、性別、教育歴、婚姻状態、飲酒、喫煙、身体活動度、体格指数、赤身の肉や果物、野菜の摂取量、追跡開始時の高血圧や糖尿病の有無、癌や心臓発作、脳卒中、糖尿病の家族歴により(当たり前ですが)多変量調整をしています。

 

Ref. 1: Lv J, Qi L, Yu C, Yang L, Guo Y, Chen Y, Bian Z, Sun D, Du J, Ge P, Tang Z, Hou W, Li Y, Chen J, Chen Z, Li L; China Kadoorie Biobank Collaborative Group. Consumption of spicy foods and total and cause specific mortality: population based cohort study. BMJ 2015;351:h3942.

「脳の健康」の最適化について

健康で長生きするためには脳の働きが保たれていること—脳の健康状態が良いこと—が必須です。健康な脳とは、まず血管性病変や変性疾患—脳卒中アルツハイマー病など—がない状態でしょう。高血圧や糖尿病、肥満、身体活動度低下、喫煙、うつなどの危険因子が脳の不健康に関与しています。認知機能を障害するものとしては、脳卒中は頻度の多いものですが、「潜在性」脳卒中は少なくとも5倍は症候性脳卒中より高頻度で、認知機能障害(特に遂行機能障害)やアパシーの原因となります。したがって、MRIによる潜在性病変の評価は脳の健康診断を行う上で最重要なもののひとつです。認知機能を評価するための短いスクリーニングテストも(脳の健康診断の一助として)推奨されています。アルツハイマー病予防の観点からは、身体活動度増加や血管危険因子の管理、健康的な食生活、生涯にわたる学習と脳の活性化などが提唱されています。教育は、高学歴が高い社会経済的状態をもたらすこともあって、高齢期の認知機能を良好にします。さらに脳の健康のためには、ヒトや社会との関わりを持つことや心のケアなども重要です。以上のような点を踏まえて、脳の健康増進のための多方面からのアプローチがまとめられています(AHA/ASA Presidential Advisory [Ref. 1] )。

 

全ての道は「脳の健康」へ通ず—何か宗教(一神教)みたいになってきましたが、いちいち科学的根拠があることです。

 

Ref. 1: Gorelick PB, Furie KL, Iadecola C, Smith EE, Waddy SP, Lloyd-Jones DM, Bae HJ, Bauman MA, Dichgans M, Duncan PW, Girgus M, Howard VJ, Lazar RM, Seshadri S, Testai FD, van Gaal S, Yaffe K, Wasiak H, Zerna C; American Heart Association/American Stroke Association. Defining Optimal Brain Health in Adults: A Presidential Advisory From the American Heart Association/American Stroke Association. Stroke 2017;48:e284-e303.

 

 

サウナは認知症を予防する!?

伝統的なフィンランドのサウナは、80〜100℃と高温で、湿度は10〜20%と乾燥していて、時に熱した岩に水をかけて湿度を上昇させるといったものです。サウナに頻回に入るヒトには心臓突然死や死亡に至る虚血性心疾患と心血管系疾患が少ないことが報告されています [Ref. 1] 。

 

サウナは認知症をも予防するのではないかという論文を、同上のフィンランドの研究者たちが発表しました [Ref. 2] 。フィンランドの男性(42-60歳)2,315人を中央値で20.7年追跡し、その間に204人の新規認知症—うち123人はアルツハイマー病—の発症がありました。週に4〜7回サウナに入るヒト(201人)では認知症およびアルツハイマー病となるリスクが有意に低くなっていました [注1] 。観察研究なので、因果関係の解釈には慎重でなくてはいけませんが、認知症予防という観点からも有望な結果です。

 

より重要な決定は、会議室よりサウナで、下される [注2] —そういえばブルースブラザーズのコンサートもサウナで決まったのでした。

 

注1:4〜7回/週のサウナ利用者のハザード比と95%信頼区間は、認知症では0.34 (0.16—0.71)、アルツハイマー病では0.35 (0.14—0.90)でした(週1回のヒトとの比較)。年齢、体格指数、収縮期血圧、LDLコレステロール、喫煙、飲酒量、心筋梗塞の既往、2型糖尿病、安静時心拍数で多変量調整していますが、以前の論文 [Ref. 1] ではさらに3つの共変量(心肺機能、身体活動度、社会経済的指標)を同様のモデルに含めています。今回、この3つが考慮されていない理由は不明です。

 

注2:https://enjoy-the-earth.com/travel-diary/saunainfinland/

 

Ref. 1: Laukkanen T, Kunutsor S, Kauhanen J, Laukkanen JA. Sauna bathing is inversely associated with dementia and Alzheimer's disease in middle-aged Finnish men. Age Ageing 2017;46:245-249.

サウナの入浴回数は平均週2.1回、入浴時間は平均14.2分、温度は平均78.9℃

 

Ref. 2: Laukkanen T, Khan H, Zaccardi F, Laukkanen JA. Association between sauna bathing and fatal cardiovascular and all-cause mortality events. JAMA Intern Med 2015;175:542-548.

主観的なもの忘れ—認知症の「最初の一歩」なのか?

最近のメタアナリシスから「主観的なもの忘れがある健常高齢者の25%は4年以内にアルツハイマー病がらみの軽度認知障害となり、認知症となるリスクも2倍」と報告されています [Ref. 1] 。「主観的なもの忘れ」がある認知機能正常な高齢者の脳の中では何が起こっているのでしょうか。

 

健常高齢者(251名、平均年齢73.3歳)において、脳の糖代謝や脳内アミロイド沈着—共にポジトロンCTによる—と主観的物忘れとの関連をみた研究があります [Ref.2] 。アミロイド沈着のあるヒトでは、主観的物忘れと海馬の代謝低下に相関がありました。脳内にアミロイド沈着のある健常高齢者が物忘れを訴えだしたとき(つまりごくごく初期のアルツハイマー病)、海馬の代謝(と記憶力—通常の認知機能検査では検出できないほどの)が低下しているのかもしれません。

 

「主観的なもの忘れ」を「客観的に」評価しなくてはいけないようです。

 

Ref. 1: Mitchell AJ, Beaumont H, Ferguson D, Yadegarfar M, Stubbs B. Risk of dementia and mild cognitive impairment in older people with subjective memory complaints: meta-analysis. Acta Psychiatr Scand 2014;130:439-451. 

 

Ref. 2: Vannini P, Hanseeuw B, Munro CE, Amariglio RE, Marshall GA, Rentz DM, Pascual-Leone A, Johnson KA, Sperling RA. Hippocampal hypometabolism in older adults with memory complaints and increased amyloid burden. Neurology 2017;88:1759-1767.

有酸素運動によって海馬が大きくなり、記憶力は改善する

「体を動かすと認知機能が改善し、認知症になりにくい」ことが多くの観察研究から示唆されています。より因果関係をはっきりさせるためにランダム化比較試験も行われています。しかしながら、「身体活動は認知機能低下やアルツハイマー認知症を予防するか?」に関するランダム化比較試験の系統的文献検索(システマテイックレビュー)[Ref. 1] によると、それらは観察期間が短かったり、対象例数が少なかったりして、多くの研究は「不十分な」ものと言わざるを得ないようです。

 

120人の高齢者(平均年齢67歳)をトレッドミルでの有酸素運動とストレッチ(対照群)に振り分けて比較したランダム化比較試験があります [Ref. 2] 。注意深く計画された [注1] この研究では、有酸素運動群では1年後の海馬容積(特に歯状回や海馬台、CA1領域を含む前部)が絶対値で2%増大し、記憶 [注2] が改善していました。これは大変質の良い研究としか思えません。

 

ランダム化比較試験は効果の判定(統計手法)は簡単ですが、内容(方法)については少し詳しく見ておく必要があります。

 

注1:まず症例の選択方法ですが、地域在住の842名に呼びかけ、179名の応募があり、そのうち145名が介入試験に参加しました。そのうち25名は様々な理由から除外し、ランダム化した120名の結果について報告しています。研究参加の基準は、右利きであること、55〜85歳、スクリーニング検査で認知症うつ病の可能性が低いこと、色覚が正常で、視力が一定水準以上であること、神経疾患や循環器系の疾患がないことなどです。さらに、かかりつけ医からの了解も得ています。

 

注2:記憶力の検査方法としては、コンピュータ上での空間記憶課題を用いています。

 

Ref. 1: Brasure M, Desai P, Davila H, Nelson VA, Calvert C, Jutkowitz E, Butler M, Fink HA, Ratner E, Hemmy LS, McCarten JR, Barclay TR, Kane RL. Physical Activity Interventions in Preventing Cognitive Decline and Alzheimer-Type Dementia: A Systematic Review. Ann Intern Med 2018;168:30-38.

 

Ref. 2: Erickson KI, Voss MW, Prakash RS, Basak C, Szabo A, Chaddock L, Kim JS, Heo S, Alves H, White SM, Wojcicki TR, Mailey E, Vieira VJ, Martin SA, Pence BD, Woods JA, McAuley E, Kramer AF. Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proc Natl Acad Sci U S A 2011;108:3017-3022.