健常高齢者の認知機能の評価

健常高齢者において比較的簡便に実施可能な認知機能スクリーニング検査として、ミニメンタルテストやMontreal Cognitive Assessment, Japanese Version(MoCA-J)があります。私たちの経験では、ミニメンタルテストやMoCA-Jの低得点と相関があったのは年齢と海馬の萎縮でした。リバーミード行動記憶検査というやや詳しい検査で評価した記憶障害も年齢と海馬の萎縮(と運動不足、血中BDNF低値)に相関があり、これらは基本的に「アルツハイマー病的」な病態を反映するものでしょう。

 

一方、簡便な遂行機能検査(前頭葉機能検査)としては、Stroop testがあり、これにより評価した遂行機能には年齢、潜在性脳梗塞が関与することを報告しました。遂行機能障害は血管性認知障害(注)の特徴です。アルツハイマーでは記憶の障害が最初に起こるのに対して、脳血管性認知障害遂行機能障害をその特徴とします。

 

私たちは、認知機能スクリーニング検査として定番のミニメンタルテストを使用していましたが、軽度認知機能低下(mild cognitive impairment [MCI] )に対する感度・特異度が低いので、MoCA-Jに変更しました。MoCAには著作権上の問題がなく、日本語版のマニュアルも整備されています。遂行機能検査に関しては、なかなかそれだけでOKというものがありませんが、Stroop testは「ムズカシすぎてできない」ということがなく、潜在性脳梗塞との相関を再現性良く示すことができています。

 

認知機能検査の際には教育歴を確認する必要があります。ミニメンタルテストは教育歴の影響を強く受けますが、Stroop testは教育歴と無関係でした。これらの検査はあくまでもスクリーニング検査であり、優れたものですが、点数やカットオフ値だけで個々人を評価できるものではありません。主観的物忘れアパシースケール、「認知機能検査としての」二重課題歩行などと合わせて総合的に評価すべきです。また認知機能スクリーニング検査の結果(点数)だけで判断して、被験者に対して「認知機能低下の疑いがある」などと安易に伝えるべきではありません。

 

注:ここでは血管性認知症という呼称は使用しません。「血管性」であれば、予防や治療の可能性が高いのに、認知症か否かで2分すると、治療可能な時期を逃してしまう恐れがあります。血管性認知障害とは、「血管性」に生じるすべての認知機能低下を意味し、予防や治療を重視しようという考え方です。血管性認知障害の主な原因は潜在性脳梗塞ラクナ梗塞)や深部白質病変など脳小血管病です。さらに追加すると、脳小血管病の主な危険因子はもちろん高血圧です。

「その他の」認知機能検査

ミニメンタルテストは健常高齢者にとっては簡単すぎて(少々認知機能が低下していても、高得点がとれてします)、軽度のアルツハイマー病に対して感度が良くなく、最近ではより難易度の高いMontreal Cognitive AssessmentMoCAなどがよく使用されるようになっています。MoCAはmild cognitive impairment(MCI)のスクリーニングツールであり、多領域の認知機能(注意機能、集中力、実行機能、記憶、言語、視空間認知、概念的思考、計算、見当識)について、約10分という短い時間で評価できます。MoCAは数カ国語に翻訳されており、日本語版(MoCA-J)の教示マニュアルも公開されています。これらのスクリーニングテストを行なう際には、教育歴(通常は学校に在籍した年数)を確認し、身体・精神状態(不安、注意、やる気、身体機能の障害など)に十分注意する必要があります。

 

代表的な認知症の診断基準はアルツハイマー病を基準に作られており、血管性認知症の特徴を反映するとは限りません。側頭葉内側面が初期から障害されるアルツハイマー病では症状の中核は記憶障害ですが、脳血管障害では遂行機能障害を特徴とするという報告が多くあります。さらに、認知症の存在を診断基準の必要条件とすると、診断の時点で既にかなりの非可逆性脳障害があり、治療可能な時期を逃してしまうことになります。このような観点から、「血管性認知症」という用語を使うのではなく、血管性認知機能障害(vascular cognitive impairment [VCI])という考え方を採用しようという提唱がなされました。

 

私たちはmodified Stroop testを用いて健常高齢者の注意・遂行機能障害には潜在性脳梗塞ラクナ梗塞)が関与することを示しました。この結果は(従来から言われていることですが)、健常高齢者の遂行機能障害は脳血管障害(特に脳小血管病)の特徴のひとつであること—すなわち血管性認知機能障害としての性格を有する—を支持するものです。

 

記憶の検査はかなりの時間を要することが一般的で、一般の健診において「全体を通じて30分ほど」の枠内におさめることは不可能でしょう。私たちは、リバーミード行動記憶検査(所要時間は約25分とされています)を使用してみました(ある程度訓練を受けた医師や臨床心理士が行なうことが必要となります)。リバーミード行動記憶検査は特定の理論的な記憶モデルに固執するものではなく、普通の日常生活で記憶形成に必要とされる事柄を模倣しようと試みるものです。この検査を用いて、健常高齢者の健診でキッチリとした結果を出すことができましたが、(検査をする方も、される方も)結構大変でした。

アルツハイマー病とビンスワンガー病

脳血管性認知症がはっきりとした臨床単位として取り上げられたのは、1894年のドイツ精神医学会年次総会でした。この学会において、ビンスワンガーはのちにビンスワンガー病と呼ばれることになる「皮質下脳炎」および「動脈硬化性脳変性」の二つの病型を提示しました。次いで演壇に立ったアルツハイマーは、ビンスワンガーが述べた二番目の病型に相当する「動脈硬化性脳萎縮」について報告しました。このような経過を経て、脳血管性認知症の概念が成立したのは1904年ごろのことです。今日ではアルツハイマーの方が圧倒的に有名ですが、脳血管性認知症概念の確立に深く関わったビンスワンガーはアルツハイマーと同時代のヒトだったのです。以上については、原田憲一. 血管性痴呆およびアルツハイマー型痴呆概念の誕生. 100年前の医学史回顧—その1. 血管性痴呆. 精神医学37:1132-1146,1995. を参考にしました。

 

ビンスワンガー病は、広汎な白質病変が特徴的で、多発性のラクナ梗塞を伴う血管性認知症の一病型です。ビンスワンガー病で認知機能が低下する機序は、広汎な白質病変により神経伝達が障害され、病変がない大脳皮質の機能が低下(機能的離断)することです認知症が発症する直前には、深部白質領域の脳血流はすでに低下していても、(血液中から酸素を取り込む割合を上げて)酸素代謝がギリギリ保たれている貧困灌流の状態となっていることがあります。この貧困灌流の状態で長く持ちこたえることはできないので、やがて深部白質障害により機能的離断となり大脳皮質機能が低下し、認知症となります。

 

白質病変の迷走

MRI検査の出始めのころには、T2強調画像で「白く光る」病変に目が眩くらんでいました。白く光ってハッキリ見えるのですから、気になるのは仕方ありません。しかしT2強調画像で同じように「白く光る」病変でも、T1強調画像で明らかに「黒く抜ける」ものと、T1強調画像ではほとんど見えない病変の2つに分かれることが明らかとなってきました。すなわち点状の深部白質病変は病理学的にみて虚血性変化ではなく、ゆ合性から広汎病変となっていくと虚血性変化が著明となるというものです(また、脳室周囲高信号域は虚血性変化ではないと記載されています)。つまり白質病変はそもそも虚血性変化としては軽度で、多くの場合は完全な組織破壊を伴うものではないということです。

 

かなり極端な(脳室周囲を取り囲むように広がる)深部白質病変を特徴とする脳血管性認知症の1つにビンスワンガー病があります。ところが全く認知症のない健常高齢者の約2%には広汎な深部白質病変がみとめられます。ビンスワンガー病と健常高齢者の差はどこにあるかというと、まず合併するラクナ梗塞の数が圧倒的に異なります。ビンスワンガー病では数個以上の小梗塞があるのが普通ですが、広汎な白質病変を有する健常高齢者ではラクナ梗塞は1個とか、無いこともマレではありません。T2強調画像では同じように「白く光って」見え、同じように「広汎」であっても、動脈硬化の程度はかなり異なっているのです。

MRIで初めてみつかる「かくれ」脳梗塞

多くの疫学研究から心血管系疾患の危険因子や認知症になりやすくする(悪い)生活習慣などが分かってきました。しかしながら、脳卒中を発症していないヒトにも潜在性脳梗塞は一定数存在しますし、たまたま症状がないだけで動脈硬化の程度は脳卒中患者と同じくらいということはよくあることです。脳梗塞の潜在性発症(変な日本語ですが)は症候性脳梗塞発症の少なくとも5倍はあるという報告もあります。したがって、脳MRI画像なしでは潜在性病変の危険因子や、その病変が認知機能に及ぼす影響の正確な評価は困難です。

 

画像診断技術の進歩(MRIの普及)により、明らかな症状が無い「無症候性脳梗塞が普通に検出されるようになりました。無症候性脳梗塞は脳内小血管の動脈硬化によるラクナ梗塞と同じもの(たまたま症状が出ないだけ)です。症候性の脳梗塞はサイズが大で、高血圧やアルコール依存症が多いという報告もあります。ハッキリとした症状は出さないから無症候なのですが、まったく影響なしというわけでもないので、「潜在性脳梗塞の方が学術的には正確でしょう。「かくれ脳梗塞というくだけた言い方もありますが、MRIが普及した今日では逃げもかくれもできません。

 

潜在性脳梗塞があると将来的に認知症になりやすいことが示されています 。一般住民(平均年齢74.6歳)では、平均5.2年間の追跡期間中に20.9%にMRI上の脳梗塞の新規発症がありましたが、脳卒中の症状が出たのは6.8%だけでした。潜在性脳梗塞が新規発症した群では認知機能の低下が急速に起こり、認知症発症のリスクは1.7倍でした。つまり潜在性脳梗塞が増加することが認知機能低下や認知症の発症を引き起こすということです。

休日の朝、シュークリームを食べている

土日の朝は、コーヒーのお供にシュークリームを1個食べます。定番は「牛乳と卵のカスタード&ホイップシュー」です。このシュークリームは、1個でカロリーが214キロカロリーもあります。これはごはんだとおちゃわん1杯くらい、食パン1.35枚、うどんだと1玉の9割くらいとなります。ところが、これに含まれる炭水化物はそれほど多くなく、13.8グラムです(注1)。炭水化物は糖質プラス食物繊維ですから、糖質は13.8グラムより少しだけ少なくなります。

 

たまたま今、「ほんのり甘い昔なつかしい味」の「〇〇太鼓」という丸い豆菓子が手元にあります(直径9センチ、厚さ1センチくらい)。これも1枚でカロリーは216キロカロリーで「カスタード&ホイップシュー」とほぼ同じですが、これ1枚で炭水化物は34.1グラムです。落花生とおかきを水飴でかためたこの豆菓子1枚を食べると、シュークリーム2個半を食べたのと同じの炭水化物量です。おそろしくありませんか。

 

注:もちろんシュークリームの中には炭水化物27.6グラムなどというものもありますが、近年の健康志向ブームを反映して炭水化物12.9グラムのうちわけ(糖質9.1グラム、食物繊維3.8グラム)まで書いてあるものあります。

甘い罠—人工甘味料について

精製した炭水化物や糖質の有害性は明らかで、WHOは「糖」の摂取は総カロリーの10%以下とするように強く推奨しています。砂糖をひかえるために人工甘味料が開発されましたが、砂糖よりも人工甘味料の弊害の方がより大きいようです。フラミンガム研究での10年間の追跡調査では、サッカリンアセスルファムカリウム、アスパルタームなどの人工甘味料を加えた飲料の摂取が多いと脳梗塞アルツハイマー病のリスクはともに3倍弱まで上昇していました。女性の健康イニシアチブ研究でも、人工甘味料を加えた飲料が多いと、脳卒中脳梗塞、心血管系疾患、死亡率の全てが増加していました。人工甘味料は飲料以外にも、卓上の甘味料、乳製品などにも使用されます。オンラインで登録し、約10万人を最低2年間追跡したフランスの研究では、人工甘味料は心血管系疾患のリスクを9%、脳血管障害リスクを18%増大させました。

 

ゼロカロリーなのになぜ人工甘味料は危ないのでしょうか?人工甘味料は体重増加や体脂肪増加(注)、インスリン抵抗性を引き起こし、腸内細菌叢を乱すという報告があります。人工甘味料は危険です。

 

注:体重や体格指数の面では、加糖のものに比べて人工甘味料飲料の方が優れているというメタアナリシス(JAMA Network Open. 2022;5(3):e222092)もあることを追記しておきます。