降圧療法による認知症の減少

高血圧の治療により認知症が予防できるのかについては未だハッキリしません。降圧治療群に対して全く治療しない対照群を設定することはできないことや、認知症の発症が1次エンドポイントではない(つまり心血管系疾患発症に対する効果をみるついでに認知症もみている)など強力な研究デザインを計画しにくいという側面もあります。最近、降圧療法による認知症の予防効果に関する、重要な結果が2つ報告されていますので、少し詳しく見てみたいと思います。

 

SPRINT (Ref. 1)

通常治療よりも厳格な収縮期血圧のコントロールを目標(収縮期血圧目標値<120 mmHg)とするSystolic Blood Pressure Intervention Trial(SPRINT)は、糖尿病や脳卒中の既往のない高齢者(平均年齢67.9歳)で心血管系疾患の発症予防効果を検討することが主目的ですが、認知機能についても評価しています。9,361人をランダム化比較試験により、中央値で3.34年介入し、5.11年追跡調査を行なった結果、厳格な血圧管理によって認知症の発症は減少しませんでした(有意差にはいたってないものの、ハザード比は0.83、P=0.10と減少傾向はある)。厳格な降圧療法の心血管系疾患への有益性が予定より早く明らかとなったため、この研究は早期に終了し、認知症の発症が予想より少なかったなど、研究としての限界(不十分な検出力)があったと考えられています。

HOPE-3 (Ref. 2)

血管危険因子と認知症に関連があるのは確かですが、この研究の時点で血管危険因子を修正することで認知症が予防できるという確証はありませんでした。高脂血症治療薬スタチンが認知機能を悪くするという観察研究がありますが、ランダム化比較試験では認知機能に対するスタチンの有害作用は示されていません。降圧療法と高脂血症の治療効果を検証するHeart Outcomes Prevention Evaluation-3(HOPE-3)trialにおいて、認知機能におよぼす影響について検討されています。認知機能の評価はDigit Symbol Substitution Testにより行ない、修正版Montreal Cognitive AssessmentとTrail Making Test Part Bも使用しています。心血管系疾患の発症リスクが中等度(年間発症率が1%程度)の高齢者2,361人(平均年齢74歳)において、中央値で5.7年の追跡期間中に降圧療法、高脂血症の治療、および両者の組み合わせによって、認知機能は良くも悪くもなりませんでした。血圧やコレステロール値がもっとも高いところでは、認知機能低下をおさえているので、より高リスク群を治療対象としたほうが良かったのかもしれません。もしくは、この研究で対象とした中等度リスク群では5.7年の治療期間では不十分だったのかもしれません。

 

以上の2つの研究を含む14の研究のメタアナリシス[Ref. 3] では、認知症の発症と認知機能低下は降圧療法により減少(改善)するとの結果でした。なんとなくスッキリしませんが、スッキリしない理由の一つは高血圧を治療すると、どこがどうなって認知症が減るのか、その機序がわからないことでしょう。「統計学的有意差をもって、ある程度のエフェクトサイズの有益効果がみとめられた」だけでは納得できなくなってきています。

 

Ref. 1: SPRINT MIND Investigators for the SPRINT Research Group, Williamson JD, Pajewski NM, Auchus AP, Bryan RN, Chelune G, Cheung AK, Cleveland ML, Coker LH, Crowe MG, Cushman WC, Cutler JA, Davatzikos C, Desiderio L, Erus G, Fine LJ, Gaussoin SA, Harris D, Hsieh MK, Johnson KC, Kimmel PL, Tamura MK, Launer LJ, Lerner AJ, Lewis CE, Martindale-Adams J, Moy CS, Nasrallah IM, Nichols LO, Oparil S, Ogrocki PK, Rahman M, Rapp SR, Reboussin DM, Rocco MV, Sachs BC, Sink KM, Still CH, Supiano MA, Snyder JK, Wadley VG, Walker J, Weiner DE, Whelton PK, Wilson VM, Woolard N, Wright JT Jr, Wright CB. Effect of Intensive vs Standard Blood Pressure Control on Probable Dementia: A Randomized Clinical Trial. JAMA2019;321:553-561. 

Ref. 2: Bosch J, O'Donnell M, Swaminathan B, Lonn EM, Sharma M, Dagenais G, Diaz R, Khunti K, Lewis BS, Avezum A, Held C, Keltai M, Reid C, Toff WD, Dans A, Leiter LA, Sliwa K, Lee SF, Pogue JM, Hart R,Yusuf S; HOPE-3 Investigators.Effects of blood pressure and lipid lowering on cognition: Results from the HOPE-3 study. Neurology2019;92:e1435-e1446. 

Ref. 3: Hughes D, Judge C, Murphy R, Loughlin E, Costello M, Whiteley W, Bosch J, O'Donnell MJ, Canavan M. Association of Blood Pressure Lowering With Incident Dementia or Cognitive Impairment: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA2020;323:1934-1944.