生物(医学)統計学がむずかしい理由

西内啓さんによると、統計学が最強の学問である理由は、「人間の制御しうる何物についても、その因果関係を分析できるから」です。この統計学の汎用性は、どのような因果関係も科学的に検証可能なランダム化比較試験によって支えられています。ランダム(無作為)とは、「意図的に手を加えることなく、偶然にまかせること」(広辞苑)であり、十分にランダム化してしまえば、「検定したい1因子」以外の因子はすべて群間で同じとなります。適切にランダム化された比較試験によって「ある結果」がえられたときは、「ある結果」の原因は「検定したい1因子」以外ありえないということになります(その他の因子は全て同じハズだから)。

 

因果関係の解析においてランダム化比較試験は強力で、それに支えられた統計学は最強の学問であることはまちがいありません。しかしながら現実問題として(倫理的な問題などから)ランダム化比較試験は実行不可能であることも少なくありません。ランダム化比較試験ができないときは、重回帰分析やロジスティック回帰などの多変量解析を用いて観察研究を行ないます。原因と想定される因子が他の因子の影響を考慮しても、結果と相関することを多変量解析は示してくれます。因果関係の「決定的」な判定はできませんが、共変量について十分に考慮した多変量解析から得られた結論は一定のエビデンスとみなしてよいと考えられています。

 

なぜ生物(医学)統計学難しいのか?生物や医学現象にどうしようもなく内在する複雑な関係性をもたらしている機序は、ルーチンの統計処理では対応できません。例えば、高血圧は血圧値を独立変数として重回帰分析でOKと思っていても、高血圧という変数は血圧値だけで決まるものではなく、食塩摂取量、不健康な食事、肥満、メタボ、慢性腎臓病などが関与して高血圧という診断になっているので、(血圧値だけではなく)高血圧というカテゴリー変数としてあつかうべきだと臨床家は考えます。

 

また、遺伝子をノックアウトして表現形が変われば、変化した表現形の原因は特定の遺伝子であると基礎生物学者は考えます。しかし、一つの遺伝子をノックアウトしたことで、複数の効果が発生し、その効果の方向性が異なるとき、「その結果」の原因は「一つの遺伝子」であっても「一つの機序」ではありません。生物現象は人間が(頭で考えるほどには)制御できるものではありません。

 

どうしたらいいのでしょうか?

女性は認知症になりやすい なんで?

アルツハイマー病が女性に多い理由として、男性より女性の方が長生きするからというだけではないようです。女性のアルツハイマー病リスクを上げるものとして、閉経にともなう神経内分泌系の変化があると考えられています。閉経は平均51歳(88%は40〜58歳)で起こり、40歳未満の閉経は早発閉経とされています。閉経への移行期には月経周期のばらつきが大きくなり、卵巣からのエストロゲンプロゲステロン分泌が減少します。認知症予防効果に関するホルモン補充療法については一定の見解は得られていませんが、閉経から5年以内に開始すれば良い結果が得られ、治療開始が遅れると結果は良くないという意見もあります。

 

アルツハイマー病のバイオマーカーとしての脳画像(脳萎縮、糖代謝、脳アミロイド沈着)の解析により、アルツハイマー病の発症危険因子の性差について詳細に検討した報告があります。対象は40〜65歳の認知機能正常の121名(女性85名、男性36名)で、脳画像解析とともに認知機能テスト(記憶や課題処理速度、言語など)、血管危険因子の評価、うつの評価、閉経の状態、地中海食的食生活の度合い、身体活動度と知的活動度について解析しています。結果に影響する可能性のある因子を補正した上で、女性は男性よりアミロイドの沈着が多く、糖代謝が低く、灰白質と白質の容積が小さいという結果でした。つまり女性の方が脳画像から見て「アルツハイマー的」であるという結果です。閉経を契機にアルツハイマー的傾向が加速され、生殖活動に関連する生物学的活性が低下すると、アルツハイマー病のリスクが上昇すると推察されています。

女性の脳は守られている

一般的に女性の方が男性より約7歳長生きします。女性はなぜ男性より長生きするのでしょうか?女性はお酒やタバコを嗜むヒトが少ないなど生活習慣に違があるからなのか、それとも生殖期間にある女性は性ホルモンによって保護されているのでしょうか。たくさん子供を産むと、自分の体の維持と修復がおろそかになって、長生きできないという仮説もありますが、高齢で出産した女性は長寿であるという報告もあります。

 

女性特有の心血管系疾患の危険因子について考えておく必要があります。女性は閉経を境に高脂血症となることが多く、体重と内臓脂肪が増加します。7.3%の女性は40〜44歳での閉経(早期閉経)を経験し、1.9%は40歳以前に閉経します(早発閉経)。早発閉経の女性は心血管系疾患リスクが1.36倍となり、(主に閉経が早いことにより)生殖期間が短いと心血管系疾患の発症リスクが1.71倍になります。また、40歳以前に閉経すると脳卒中リスクは1.48倍となることが報告されています。

 

私たちも早発閉経では潜在性脳梗塞が多いことを観察しています。さらに出産数が多い女性には潜在性脳梗塞が少なかったので、生殖期間の女性は女性ホルモンにより保護されていて、種を保存することに貢献し、それが結果的に女性の長寿につながっているのかもしれません。逆に、最終出産年齢は高いほど潜在性脳梗塞が多くなる傾向があり「多産は良いが、高齢出産は良くない」ということのようです。ただし単純に血液中の女性ホルモン濃度が高ければ良いのではなく、閉経後のエストロジェン補充療法により脳卒中は増加します。

肥満とやせ—どちらが認知症になりやすい?

肥満とやせ、どちらが認知症になりやすいでしょうか?英国で行なわれた100万人規模の長期追跡調査では、追跡開始時の肥満と15年以上追跡後の認知症発症が相関していました。一方、低体重や低カロリー摂取、不活発な身体活動は短期間の追跡では認知症を増やすように見えましたが、追跡期間を長く設定して解析するとやせと認知症の関連性は消失しました。つまり痩せていることや身体活動が不活発なことは認知症の原因ではなく、認知症になりかけた状態で生じた行動面の変容(不健康な食生活)によって引き起こされた結果であるという解釈です。別の長期追跡調査でも、認知症となった人は認知症発症よりさかのぼって1628年前は肥満で、発症の10年ほど前に平均的な体重となり、認知症発症8年前からは低体重となっていました。やはり先行する肥満が認知症の原因なのでしょう

サウナは認知症を予防する!

フィンランドの伝統的なサウナは、80〜100℃と高温で、湿度は10〜20%と乾燥していて、時に熱した岩に水をかけて湿度を上昇させるといったものです(サウナの入浴回数は平均週2.1回、入浴時間は平均14.2分、温度は平均78.9℃でした)。サウナに頻回に入るヒトには心臓突然死や死亡に至るような虚血性心疾患などの心血管系疾患が少ないことが報告されています。動脈硬化のみならず、サウナは認知症をも予防するのではないかという論文が同上のフィンランドの研究者たちにより報告されています。この研究では、週に4〜7回サウナに入るヒトでは認知症およびアルツハイマー病となるリスクが低くなることが示されました。フィンランドでのその後の研究でも、月に9-12回サウナに入るヒトは4回以下の人に比べて認知症発症リスクが低いことが示されています。フィンランドの伝統的サウナと同様の効果が、他の地域のサウナにもあるかどうかは分かりませんが、サウナによって認知症予防ができるかもしれないという有望な結果です。

サプリは認知症を予防しない

店頭で売られているサプリ(注1)は認知症を予防するか? 全く効果なし。以上!です。もう少し丁寧にみてみると、データベース検索において11,087件の論文がヒットし、タイトルと抄録を読んで9,487論文を除外、手作業で見つけた185論文を加え、そのうち1,415の論文を読み込んで、最終解析すべく残ったのが56の研究でした。その56研究全てにおいてサプリによる認知症予防効果はありませんでした。コクランレビューでもオメガ3脂肪酸サプリには認知症の治療効果がないことが示されています。やれやれという感じでしょうか。

 

注:評価されたサプリは、オメガ3脂肪酸、大豆、銀杏の葉エキス、ビタミンB群、ビタミンDとカルシウム、ビタミンE、ビタミンCとベータカロテン、マルチビタミンです。

脳トレは有効か?

渡る世間は脳トレブームです。「脳トレ」のキーワードで検索してみると、「脳がみるみる若返る—脳トレ習慣」とか「認知症を防ぐ脳活ドリル」とか「毎日脳トレ計算ドリル」など、一生かかっても、こなしきれないほどの「脳トレ本」が出てきます。ところが、脳を鍛えるエクササイズである脳トレ認知症を予防するという確たる証拠はありません。ACTIVE 試験では、記憶や問題解決能力、処理速度に関する脳トレについてランダム化比較試験により検討し、処理速度の脳トレ認知症の発症を減少させることが分かりました。しかし、これまでの研究には一致しないものも多く、確定的なことは言えません。コンピュータによる脳トレに関する最近のメタアナリシスでも、個々の研究の信頼性は低いことが指摘されています。個人的見解ですが、脳トレより筋トレや有酸素運動の方が(からだを鍛える方が)認知症予防には有効ではないでしょうか。