主観的な物忘れ—「気にしすぎ」なのか?

健常高齢者に(主観的な)物忘れがある場合、年相応であり、正常範囲(平たく言えば「気にしすぎ」)としてきましたが、高齢者が物忘れを訴えるのは「気のせい」ではないかもしれません。例えば、認知機能検査が正常でも自覚的物忘れがあるヒトではアルツハイマー病の特徴である海馬の萎縮がみとめられました。しかし、認知機能が低下してしまうと物忘れを自覚していませんでした。このように主観的物忘れはアルツハイマー病の初期によくみられ、より重視すべきであると考えられるようになってきています。主観的なもの忘れがある健常高齢者を4年以上追跡した調査では、27%が軽度認知障害に、14%が認知症となったと報告されています。

 

客観的な認知機能障害へと進展する主観的認知機能障害の特徴としては、主観的な記憶力の低下や60歳以上で出現したもの、本人にとって「悩ましい」主観的認知機能障害、持続的であるものなどが挙げられています。もちろん主観的認知機能障害の原因がうつや不安、睡眠障害などによることもありますし、まったく正常な加齢現象のこともあります。主観的なもの忘れは認知症の「最初の一歩」なのでしょうか?「主観的なもの忘れ」を「客観的に」評価しなくてはいけないようです。

認知症は減少している?!

高齢者の人口が増加しつづける社会では、認知症患者の数が増加することは当然ですが、認知症の発症率は減少しているという報告があります。フラミンガム研究では、認知症の5年累積発症率は3.6/100人(1997-1983年)から2.0/100人(2004-2008年)へと減少していました(44%もの減少!)。その理由として「認知症の発症率が減少しているのは(少なくともフラミンガムでは)確かなようだが、教育が普及したこと以外に格別な原因がみあたらない」ということのようです。電話による認知機能検査をおこない、2000年と2012年を比較した報告では、認知症の頻度は11.6%から8.8%へと約4分の1減少していました。2000年から2016年の米国での認知症発症率の減少傾向も、その多くは教育で説明できると報告されています。

 

認知症の発症率が減るということは、認知症の予防ができる(もしくは予防可能性が高い)ということです。高齢者の人口増加×認知症の頻度=認知症のヒトの数の増加という一種の判断停止に陥ってしまうと、認知症予防の可能性を見逃してしまうことになりかねません。最近、認知症(が増加しているという注意喚起)が増加中です。ご注意ください。

認知症は予防する時代になっている

2017年と2020年のThe Lancet Commissionsの論文により修正可能な12の認知症の危険因子(短い教育歴、高血圧、難聴、喫煙、肥満、うつ、身体活動度低下、糖尿病、社会的孤立、過剰な飲酒、頭部外傷、大気汚染)が示されました。この12の因子により認知症の40%が説明可能で、12の因子を制御することができれば認知症の40%は理論的に予防が可能です。

 

短い教育歴認知症危険因子なので、幼児教育を重視すべきです。頭部外傷を減らし、アルコールをひかえ、収縮期血圧は130 mmHg以下を目標として、認知症の発症を予防すべきです。難聴があれば補聴器を使うことにより認知症リスクを軽減できると考えられています。禁煙することで晩年期の認知症リスクを軽減できます。理由はよく分かりませんが、大気汚染認知症の危険因子です。身体的活動が活発で、社交的なヒトでは認知症リスクが減少します。中年期から晩年期に有酸素運動を続けることで、肥満糖尿病心血管系疾患を軽減でき、認知症を(必ず—ではありませんが)回避できます。うつ認知症の危険因子ですが、認知症が逆に晩年期に特有のうつ症状を引き起こすこともあります。

 

認知症は予防する時代」になっています。

筋トレで、まずは体づくりから

筋肉は加齢とともにおとろえ、特に下肢の筋力が最初に弱くなります。したがって、自分で動くことができる状態を維持するためには、下肢の筋力を保つことが重要です。ガイトン生理学の教科書には最大負荷に近い筋収縮を6回、1日3セット、週3日実施すると、長期の筋疲労なしに、ほぼ最適な筋力増強をもたらすとあります。参考にしてみてはどうでしょうか。日常的に行なう筋トレとしては、体の中で最大の筋肉である臀部と太ももの筋肉を鍛えるスクワットがオススメです。スクワットなんて大変だと思うかもしれませんが、無理のないところから始めると、意外とできるようになるものです。

 

筋トレに関するメタアナリシスによると週に30-60分の筋トレにより全死亡率や心血管系疾患、がんも10-20%減少することが示されました。筋トレの効果は週に30-60分で最大で、それより長い時間となると効果は不明瞭でした。ガイドラインでは高齢者は週2回以上筋トレをするように推奨されています。筋トレに加えて有酸素運動も行なうとさらに良い効果が期待できます。

 

 

「動かない」とヒトは病む

「体も頭も使わないとなまる」ことは「常識」として知られています。毎日の生活が不活発になってくると、非常に多くの心身のはたらきが少しずつ低下し、「生活動作の不自由さ、やりにくさ」が出てきます。この状態を大川弥生さんは「生活不活発病」命名しています。からだをよく動かすヒトはアルツハイマー病になりにくいと言われています。「動かない」とヒトは病む(ボケる)のです。「お大事に」なさいませんように!

健常高齢者のやる気の低下

認知機能障害や感情的動揺、意識障害などによらない(特に原因の無い)「やる気の低下」アパシーと言います。うつ病でもアパシーとなりますが、うつ病特有のゆううつ気分や罪悪感、絶望感などはアパシーにはありません。英国の研究グループは、高齢者の大脳白質病変に伴う症状はうつではなくアパシーであることを示しました。アパシーがあると健康志向の行動やスポーツ・運動習慣などが減少し、生活習慣病のリスクが増大します。21の研究のメタアナリシスでは、アパシーがあると心筋梗塞は21%、脳卒中は37%、死亡率は47%増加していました。

 

認知症もしくは近い将来認知症になる恐れのあるヒトの多くは軽度認知機能障害や主観的認知機能低下などのまろやかな状態にあって、軽度認知機能障害は5〜15%は認知症へと増悪するものの20〜25%は正常域まで改善します。このような不安定な認知機能の状況でもっともよくみられるのがアパシーです。アパシーがあると心血管系疾患のみならず、認知症のリスクも増加するのではないかと考えられています。16研究のメタアナリシスにおいて、軽度認知機能障害のヒトにアパシーがあると認知症発症リスクは2倍でした

脳が好きなエクササイズ

体を動かすと認知機能が改善し、認知症になりにくいことを示した多くの研究がありますが、系統的文献検索(システマテイックレビュー)によると、多くの研究は短期間・少数例の観察で、不十分なものです。良質な研究としては、120人の高齢者をトレッドミルでの有酸素運動とストレッチ(対照群)に振り分けて比較したランダム化比較試験があり、この研究では有酸素運動群では1年後の海馬容積が絶対値で2%増大し、記憶が改善し、脳由来神経栄養因子(BDNF)が増加していました。これは有酸素運動によりアルツハイマー病が予防できる可能性を示唆しています。

 

高齢者においてエクササイズにより遂行機能(前頭葉機能)が改善するのかをみた33のランダム化比較試験のメタアナリシスでは、基本的で多様な遂行機能、すなわち自制力、ワーキングメモリー、行動のシフトなどが少しだけ改善していました。これまでの見解と同様で常識的と言える結果でした。エクササイズの効果は、特に比較的若い高齢者(55-65歳)や認知機能障害のない群で明らかでした。その有益効果の程度は、エクササイズの頻度・強度・時間・タイプなどとは無関係でした。